江戸後期、天保の飢饉に苦しむ民衆とともにほうきした大塩平八郎は書画に銘を残した。
<山中の賊を破るは易く心中の賊を破るは難し>。山賊に勝つのはたやすいが、自分の邪念を克服するのはむずかしい。明代の思想家王陽明の教えである。
この言葉を私自身の戒めにしながら緊張感を持って進んでいきたい。大塩の乱から180年となる今年初め、安倍首相は自民党の仕事始め式で大塩の座右の銘を紹介した。
森友学園の問題が表面化するのは翌2月である。加計学園の疑惑も加わり、安倍政権は急速に信頼を失っていく。夏の内閣改造で支持が少し上向いた局面で、首相が衆院を解散すると発表した。
会見で首相は、税の使い道を変える以上、近民に信を問いたいと力説した。「国難突破解散」という大仰な名も披露した。足並みのそろわぬまなら賊であり敵でもある野党を破れるのではないか。口にはせずとも本音が透けて見えた。
首相の熱弁を聴いてある歌が浮かんだ。<国よりも党を重んじ党よりも身を重んずる人の群れかな>。戦前戦中、国会で時局に流されない論陣を張った尾崎行雄の作である。戦後魔もない1950年の歌だが、変わらぬ政治家の本能を突く。
全開の解散から3年、私たちは幾度も首相の本心を見せられてきた。安保法制や共謀罪は数で押し切れる。側近の失態はあくまでかばう。改憲論議は選挙中は伏せたい。退陣を求める有権者は敵だ---。そうした「心中の賊」を首相は敗れるのか。

 天声人語より