有権者・メディア・政治家の相互不信は健全でない
官房長官の木で鼻をくくったような受け答えは、説明責任を負う政治家として誠実な態度とはいえない。時の政権の政策や方針の根拠や不透明さを問いただすのがジャーナリズムの一義的な使命だ。
ただ、トランプ政権下の米国のように、どの国でも政治とマスコミの関係は大きく変化している。権力者の居丈高な姿勢からは、世間一般の既存メディアに対する不信があり、マスコミとの対決姿勢が一定程度の支持を集められるとの算段も透けて見える。
一方で、けんか腰の質問は、記者が特権的な立場を利用して特定政治家を糾弾しているようにも受け止められかねない。有権者がメディアに、メディアが政治化に、政治家が有権者に対してそれぞれ不信を持つ「負の三角形」は健全ではない。
マスコミの側は、自らの役割を権力の監視に限定する「閉じた関係」だけでなく、マスコミも権力だとする一般世論の目線も意識した「開かれた関係」を構築する必要があるだろう。そうでなければ権力の監視が意味をなさなくなる。
内閣支持率が政権の行方を左右する時代に、政治がマスコミに正面から向き合うことのリスクは大きい。だが、言葉を介したコミュニケーションは民主政治の土台だ。統治者は、批判を受けても言葉を尽くしたうえで、行動で示し、支持を集める責任を負う。政権にとって記者会見とは義務でもサービスでもなく、その責任を果たすことのできる数少ない機会のひとつと考えるべきだ。