ガマと呼ばれる洞窟が、沖縄にはいくつもある。そのひとつに日中、入ったことがある。
誰もいない。意を決して、小さな明かりを消す。とたんに圧倒的な闇に包まれ、顔の前に広げた手のひらさえも見えなくなる。出来るのは、72年前の沖縄戦を思い、陽を見ることもなくガマで亡くなった人々を想像することだけだ。
彼らに、そんな機会はなかったのだろうか。読谷村のチビチリガマを荒らしたとして、沖縄の少年4人が逮捕された。よりによって地元の子が、と驚きを禁じ得ない。
迫りくる米軍への恐怖の果てに、住民が集団自決に追い込まれた悲劇の地だ。避難した家族や親せきが刃物や注射で命を奪いあい、83人が亡くなった。「みんなどんどん死んでいく様子が真っ暗な中でもわかるんです」。村史に記された証言は生々しい。
チビチリガマの中には遺骨があり、遺族会は内部に立ち入らないように訴えてきた。「皆様が、ガマにはいって私達の肉親を踏み潰していることを私達は、我慢できません」。
そう書かれた看板を放り投げ、千羽鶴を引きちぎる。壕の奥の遺品も壊されていた。少年は、それが強さだとでも思ったのだろうか。遺骨の眠る場所だから大切にという周囲の大人と、だから肝試しをという同期の落差に、世代の溝の深さを思う。
<ガマ探し闇に百の眼百の耳>渡辺亘。闇の向こうから、沖縄戦で倒れた約20万人が私たちを見ている。多大な犠牲の教訓をしかと受け継いでいるか。足元を見つめ直すしかない。

 天声人語より
最近の墓もいらない、葬式もしない、そんな今の国民の心情が良く表れた事件の一つだと思う。沖縄と言えども日本なのである。
親、祖先を敬えない人々が多くなったのだ。