水ぬるむ季節である。冷水と格闘する辛く厳しい冬が終わったことを豆腐屋はこう詠んだ。
<けさよりは我が指刺さぬ缶の水春の豆腐と思いあきなう>。のちに作家になる松下竜一である。『豆腐屋の四季』には生業に根ざす季節感がにじむ。
春はやさしてだけでなく、苦みもあった。鍋物の季節が終わるからだろうか、春は豆腐の売れ行きが落ちたという。<春嵐砂捲く幾日か豆腐売れず寂しくて満つる海を見に来つ>。
春一番が、関東や北陸、四国などで吹いた。うれしい響きの言葉ではあるものの、あまりの強風に閉口した方もおられよう。冬のあいだに縮こまった体を揺り起こそうとする目覚まし時計のようである。
職場から浜離宮恩賜庭園に歩いてみると、菜の花の鮮やかな黄色が風に揺れていた。結婚式に備えてか、晴れ晴れして和装で撮影するカップルの姿もあった。風景を春色に染める菜の花は、葉と一緒につぼみや花も味わえる花菜でもある。何ともいえない苦みがいい。
「春は苦味を盛れ」の言葉がある。菜の花だけでなく、ふきのとうや筍、ウドなどの春野菜である。冬の寒さに耐えて育まれた味わいが活力を与えてくれる気がする。
暦を見ると、今日は二十四節気の雨水である。雪が雨になり、溶けた雪が土を潤すときだ。
春を前に入学や就職に胸をふくらませる方もいるだろう。新天地にはたくさんの楽しさや刺激とともに、きっと苦みもある。春の野菜のように未来の力になる味わいもあるはずだ。

 天声人語より