派手な演出で知られる米国のプロレスに、ドナルド・トランプ氏が参戦したことがある。
時分の代役のレスラーを送り込んで、会場で盛んに相手をあおった。「観客が欲しいのは金だ」とまくしたて、客席にドル札をばらまいた。
「大衆の気持ちを読むことには長けていて、どうすれば人々を思うように動かせるか----心得ていたね」。彼の活躍ぶりを知るプロレス関係者の言葉が、ワシントン・ポスト取材班著『トランプ』にある。
暴言満載のシヨーのような選挙が終わった。「トランプ大統領」と口にしても、どうもしっくりこない。コメディアン映画でもないし、一日警察署長のようなイベントでもない。「アメリカを一つに」との勝利宣言を信用していいのだろうか。
トランプ氏を押し上げたのは、IТ化やグローバル化に置き去りにされたひとびとだという。彼らの不満と不安は現実だが、既成の政治家にすくい上げられることはなかった。やぶれかぶれでも、トランプ氏による「変化」に賭けたのだろう。
移民と貿易を制限すれば米国がかっての繁栄を取り戻せるかのような言い方をするが、夢物語にしか聞こえない。少数者への差別や排除があおられないかきわめて心配である。
実業家時代のトランプ氏は、宣伝の仕上げには「はったり」が欠かせないと自伝で書いている。「私はこれを真実の誇張と呼ぶ。これは罪のないホラであり、きわめて効果的な宣伝方法である」。民主主義は完璧ではないことを教えてくれた選挙だった。

 天声人語より