ピアニスト中村紘子さんの描く典型的なピアニスト像。
3歳でピアノを習い、日に7時間も鍵盤に向かい、社会のイロハを学ばぬまま大人になった自分を含め、ピアニストは文明から隔絶された「蛮族」だと笑ってみせた。
早くから天才少女と注目され、国民的な人気を集めた。「中村紘子さんみたいな若くて素敵な女の先生について、優雅にショパンなど弾きながら」。庄司薫さんの小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」で取り上げられた。一節を読んだ中村さんは不思議な縁を感じてモズから作家に電話する。ほどなく2人は結婚した。
向日性の人柄だった。出演したカレーのCMでは台所道具のおたまやダイコンを手に優雅にほほ笑んだ。音楽番組の司会をこなし、音楽雑誌では軽やかに筆を走らせた。
大腸がんを公表したのは去年の初め。「抗がん剤で髪が抜けるのはシャクだから」と自ら美容院で髪を刈った。特注のカツラが似合わなかった失敗談も進んで笑い話に。舞台で肩の力の抜けた演奏ができたと喜んだ。「がんになっても皆さん安心して」と未来の患者を励ました。
72年の生涯だった。勝ち気で前向きでしぶとくて、常に周囲を励まし気品があって、恐ろしく楽天的かつ芯のしっかりした大輪の花のようなピアニストだった。

 天声人語より