われわれをまとめる価値とは何であろうか
政府はこういう。戦後日本の繁栄を支えたものは自由や民主主義や法の支配や市場経済や国際平和という価値であった。
つまり、日本は戦後の欧米中心の世界秩序の受益者であった。だから米国とともに、この既存の秩序を積極的に守らねばならない、と。
価値とは、それに対する侵害者や破壊者に対しては身を賭しても守らねばならないものであろう。今日の欧米における反イスラムの風潮は、自由や民主主義を攻撃するイスラム過激派から彼らの価値を断固として守る、という身上をともなったものであり、そこに彼らのナショナリズムが生み出される。
ではわれわれはどうなのであろうか。果たして自由や民主やそれに平和主義にさえ、それだけの確信と覚悟をおくことができるのだろうか。そうではあるまい。どうやら「われわれ」は戦後、確かな価値を見失ってしまったように見える。
とすれば、日本には、実は本当の意味でナショナリズムさえ成立しないことになろう。擁護する側も批判する側もせいぜい「ナショナリズムごっこ」をしているということだ。
ナショナリズムの危険云々より前に、まずは「われわれ」が確信をもって守るべきものは何かを改めて問うことから始めるほかない。

 異論のすすめより-----佐伯啓思