アリという生きものからイメージするのは、律義で働き者ある。勤勉の代名詞といっていい
昭和の大家だった俳人加藤楸邨は<日本にこの生まじめな蟻の顔>と詠んだ。作者の日本人観であり、ユーモラスな自画像でもある。
アリの大敵にアリジゴクがいる。砂地などにすり鉢状の巣を掘って潜み、落ちてくるのを捕食する。巣は砂が崩れないぎりぎりの角度で作られていて、アリが脚を踏み入れると崩れるそうだ。
小さな働き者がころがり落ちる図は哀れだが、それが虫の話だとも思えなくなってきた。この国の借金は1千兆円台で、過去最大になるという。「ぎりぎりの角度」に近づいてはいないだろうか。
先進国中最悪の水準といわれ、国民1人がすでに約830万円もの借財を背負っている計算になる。今日をしのぐ借金を子や孫の世代の暮らしを質草にして重ねている格好だが、このままではいずれ限界がやってこよう。
国債の暴落や超インフレを懸念する声は常にあって、そうなれば国民生活は破綻しかねない。「生まじめな蟻」と思っていた自画像は崩れて、砂の穴底へころがり落ちることになる。
「それ世の中に借銀の利息程おそろしき物はなし」と井原西鶴は「日本永代蔵」で言う。このリアリストなら、何とかなるだろうという根拠のない楽観をきつく叱るに違いない。様々な痛み分けを、もう先送りにできぬはずと。

 天声人語より