炎天の似合うサルスベリの花が雨にぬれている。いつもの年なら炎暑にあえぐ時なのに
ゆく夏の背中を見送るいとまもなく秋の長雨である。
8月上旬は燃えるような日が続いた。夏の「炎帝」はそれで力を使い果たしたのか、関東あたりでは前略でいきなり秋になった印象だ。西日本も週末からは、天気予報に傘や雲のマークが並ぶ。
<秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる>は太宰治の小品「ア、秋」の一節だ。<秋ハ夏ノ焼ケ残リサ>とも言うから、夏好きだったか。無頼の作家ならずとも、晩夏は胸に一抹の感傷を引く。
フランスの詩人アポリネールにも<ああ! 秋が 秋の奴めが 夏をほろぼした>の詩句がある。秋の霧に包まれた田園を描く短章は、灼ける日々の恋や青春の終わりを、重ね合わせてうたうようでもある。
暑さが去ったあとに降る長雨に、古人は趣のある名を与えた。秋霖はよく聞くが、秋湿り、秋黴雨といった呼び名もある。雨が上がって、高い空に刷いたような雲が浮かべば、安芸もしだいに定まってくる。
近年、安芸が短くなったという指摘が多い。温暖化のせいか夏がいつまでも居座り、秋の領域を侵食しているためらしい。久しぶりにゆったりと秋の時が流れるのもいい。ゆく夏を惜しみながら、カーテンコールは控えるとする。

 天声人語より