夕焼けのひとときは甘い感傷がある。朝日はすがすがしい。
1日を終えてあかね色の空を仰ぐとき、人は我知らず詩心を膨らませのかもしれない。
いくつかの詩歌を頭に浮かべても、朝日より夕日をうたったものが多い気がする。<金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に>。名高い与謝野晶子の一首は落葉に落陽が重なって光る。
俳人の三橋鷹女には<この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉>の、これまた名句がある。秋の華である紅葉との相乗効果は夕日に軍配が上がりそうだ。「赤とんぼ」をはじめ童謡でも、夕日が優勢に思われる。
朝日に分があるのは校歌だろうか。この分野では「昇る太陽」が希望と未来を象徴する。筆者の小学校の校歌はずばり「朝日はのぼる-----」と始まっていた。元気あふれるいい歌だったと今も思う。
日は昇り、日は沈み、今年も1年の6分の5が過ぎた。晩秋から初冬、美しく燃え落ちる夕日を見ると、あすまた朝日となって昇ってくるのが奇跡に思われる。寸分狂わぬ天体の運行が人間を生み、その人間が天体の運行に感応する。これも、奇跡というほかはない。

 天声人語より