ジャーナリズムVSマンネリズム
紋切り型、ワンパターンの政治報道を少しでも改めたい。そんな思いを持ち続けてきた。記事をまとめる立場のデスクだった時は「決まり文句追放運動」を提唱した。
運動の靖かもあって、私の周りでは旧態依然たる言い回しがかなり減ったように思うが、報道全体では、まだ幅をきかせている。
通常国会が終、安倍政権の評価を問う参院選が始まる。ここでも、決まり文句に気をつけたい。当選の可能性が小さい候補に、かっては「独自の戦い」と使ったが、「独自」ってなんだろう。「党勢拡大を狙う」という言い回しも変だ。党勢の拡大を狙わない政党の候補はいないはずだから。「組織の引き締めに躍起」も使われるが、組織の言う通りに投票する有権者は、ひと昔前に比べると、相当減っているように思うのだが----。
政策論議は本来、地味で息の長いものだ。改革派と抵抗勢力の戦が済めば、それで終わりというわけではない。小泉政権の郵政民営化は「劇場型」で進んだが、その後、中身が改変されて、成果は心もとない。規制改革案づくりの責任者である岡氏は「改革は劇場型で進めるべきではない。役所にも業界団体にも改革論者はいる。多くの人が納得できるよう落ち着いた議論を進める必要がある」と語る。ここでも、紋切り型の報道は禁物だ。
ワンパターンの言い回しを続けていると、発想も陳腐になってくる。アベノミクス、憲法論争、外交、社会保障---。政権を厳しくチェックしつつ、政治課題を斬新な切り口で伝えたい。まさに、ジャーナリズムの反対語はマンネリズムなのである。

日曜に想うより---星 浩