富士山
<風に靡くあじの煙の空に消えて行方もしらぬわが思ひ哉>西行
いまは煙は上がってはいないけれど、やはり物思いを誘う。
霊峰の世界文化遺産登録は、そこに三保松原も含めるという驚きの結果となった。45㌔も離れていて「山の一部」と考えられないとされていたが、各国が「一体だ」と応援し、判断が覆った。日本の主張がわかってもらえたのは喜ばしい。
富士といえば松。おなじみの共演は、古今の美術や文学はもとより、ごく身近な場所でも少なからぬ日本人の目に触れてきた。銭湯を飾るペンキの背景画である。かつて足繁く通った身としては、湯船から見上げた雄大な絵柄が忘れられない。
いまや希少な存在となってしまった都内のペンキ絵師、丸山清人さんに電話すると、「三保松原も一緒でよかった」と嬉しそうだった。50年以上かけて描いた背景画は、ざっと1万から1万2千枚という。もちろん富士に松は欠かせない。「でないと、どうも様にならない」
銭湯は減り続ける。背景画もペンキに代わりタイルが増えてきた。書き直しの注文も少なくなった。今は月に3、4軒を回る程度という。このたびの慶事を機に「どんどん仕事がくればいいけれど」と笑う。
市井に深く根を張った景色の記憶。それも今回の各国への働きかけを支えたと思いたい。丸山さんらの働きにも乾杯、である。

 天声人語より