お米の力
一番感じさせるのは、おにぎりだろうか。関東大震災のとき炊き出し組の一員
に加わった作家の幸田文は、手の皮のひりひりする熱いご飯を、休む暇なく次
から次へ握ったそうだ。そしてこう記している。
「張り板の上に整列した握り飯は、引き続く余震の不安と大火事に煙る不気味
な空とをおさえて、見とれるばかり壮んなけしきだった。」。何の愛想もない
塩むすびだったに違いない。だが、あのまるい三角形には、受難の人を物言わ
ず励ます力感と温かみがある。
去年の大震災でも、人が炊いて握ったおにぎりのありがたみが、幾度も記事に
なっていた。日本人と米の、3千年という結びつきゆえだろう。
そんな「瑞穂の国」で、今年も新米が出回り始めた。つややかに光る初ものを
土鍋で炊いていただいた。炊きたての新米に豪華な惣菜はいらない。主役はご
飯と定め、脇役には梅干しかラッキョウぐらいがちょうどいい。
〈新米もまだ艸の実の匂ひかな〉蕪村。イネ科の一年草の実ながら、この恵み
なしに日本の歴史も文化もなかった。自由化が言われるが、経済原則だけで米
作りを追いつめたくはない。夏の青田、秋には黄金の稲波。心の風景が、ゆた
かな国土の上にある。

 天声人語より