ほころび、咲き、散っていく桜の姿は
他の花には抱くことのない想念を人
の心に醸す。東京近辺の桜は数日前から落花がしきり。細かい光となって風
に流れ、木によってはすでに残花か、もしくは葉桜に近い。
落花の名詩の多い中、<昔去るとき 雪 花のごとし/ 今来たれば 花 雪
に似たり>という詩句がある。6世紀中国の漢詩だから桜かどうか分らないが
、雪と花の対比が忘れがたい。去るときは雪。戻り来れば花。「別れの詩」
という題ながら、季節にせよ人生にせよ、どこか春が巡る喜びが感じられて
いい。
みちのくを北上する桜前線は、今日はどのあたりか。各地で開花が人を励ま
している。福島県いわき市久之浜では先日、津波で根が露出し幹も傾いた一
樹が花開いた。絶えて咲くその姿は、東北の風土と気質を彷彿とさせる。
岩手県陸前高田市の寺にある避難所では、今日、花見が行われるそうだ。が
れきの街を見下ろしつつ、人々は開花を待ち望んでいると小紙が伝えていた
。どんな言葉より、花の無言に励まされる心もあろうと思う。
詩人の大木実は、戦争が終わって命ひとつで復員してきた。祖国の土を踏ん
だ心情をうたった作を残している。<もういちど はじめから/やり直そう/そ
う思った/さくらの花を仰ぎながら--->
被災した人には戦後の焦土にも等しいであろう眼前の光景。惨に絶えて咲く
桜木を、心の荒野にそっと移し植える方もおられよう。雪が花に変わるとき
が、必ずくると信じたい。

 天声人語より