88年前の関東大震災は「火」、今回は「水」
時は流れても科学も技術も進歩した。だが、自然の猛威を前にした人間の小
ささは変わらない。愛しい人を亡くした人の悲しみにも、変わりのあろうは
ずがない。
亡くなった人は宮城県だけで「万」にのぼる見通しだという。市街地ばかり
でなく、各所で小集落が根こそぎ消えた。「全滅」という言葉を今回の取材
で何回聞いたことか、と被災地に入った記者が書いている。おののくような
数字の一つ一つに、空穂の歌の悲嘆があろう。記事は伝える。病気の息子を
連れ出せなかった老親。仕事から戻る夫のために、むいたリンゴを残して濁
流に消えた妻----。数字は、ただの数字ではない。
気象情報によれば、被災地は今日からいっそうの寒さに見舞われるという。
三寒四温の「三寒」がこれほど恨めしい春はない。日本全体の試練である。
物心の苦難を分かち持つ決意が私たちに要る。
紙の墓碑を思わせる東京の紙面にきのう、被災地で生まれた赤ちゃんの記事
があった。
<子どもはなおもひとつの喜び/あらゆる恐怖のただなかにさえ>
谷川俊太郎さんの詩の一節を思い浮かべた。命の微笑を、力に変えたい。

 天声人語より