日本人の多くは無宗教だと言われる。特定の宗教の教えや礼拝に慣れ親しんではいないという人が多い。
国家神道とは、教育勅語が下された1890年以降、敗戦までの数十年間の間に多くの
日本人が神道的な礼拝に親しんだ。伊勢神宮や皇居を遥拝し、靖国神社や明治神宮
に詣で、天皇の真影と教育勅語に頭を垂れたのだ。これが国家神道だ。この時期に
はおおかたの日本人が国家神道に慣れ親しんでいた。
1945年以後も広い意味での国家神道は存続している。戦前の国家神道は天皇崇敬と
結びついた民間の運動に支えられてきた。戦後は民間団体となった神社・神職組織
が国家神道運動の主要な担い手となった。戦前に比べ薄められてはいるが、「神の
国」の信仰を受け継ぐ国家神道は今も多くの支持者がいる。それも信教の自由に属
するが、他者の思想信条の自由を抑圧しない範囲にとどめにくてはならない。
無宗教といわれる日本人だが、国民が否応なく国家神道への関与を強いられ、思想
や信教の自由を失いかねないという不安にはもっともな理由がある。
靖国神社を国家の公式儀礼施設とすることは、国民を宗教的な天皇崇敬に駆り立て
てきた戦前の体制に近づいていく意味を含んでいる。

 この人、この話題より---島薗 進