東京リサーチ日記
お知らせ
コメントを入れている方が見受けられますが、当日記は、コメントは一切受け付けていません。記事についてのコメント等はEメールで受け付けています。Eメールは、tokyoresarch@kvj.biglobe.ne.jpです。よろしくお願いします。
権利関係のコメントのサイト記入は、一切お断りします。権利関係のコメントや誹謗中傷のコメントをサイト記入しますと、当団体は記入者からサイトへのアクセスを完全に遮断して刑事告発を行いますので、ご注意ください。ルールを守りながら日記をご覧ください・・・
コメントのサイト記入禁止ルールを守らない方の当サイトの閲覧は固くお断りします・・・
日記のトップへ戻る
メインページへ戻る
前後の記事
『IS-F』のパトカー・・・
戦争の恐ろしさを風化させないためにも・・・
缶詰の食料は何年たっても何十年たってももつものだ・・・
麻生太郎首相は自由民主党を野党に転落させるつもりなのか・・・
製造最大手の日本車輛製造・・・
Archives
2010
08
07
06
05
04
03
02
01
2009
12
11
10
09
08
07
06
05
04
03
02
01
2008
12
11
10
09
08
07
06
05
04
03
02
01
2007
12
11
10
09
08
07
06
05
04
03
02
01
2006
12
11
10
09
08
07
06
05
04
03
02
01
2005
12
11
10
09
08
07
06
05
04
03
02
01
2004
12
11
10
09
08
07
06
05
04
03
02
01
2003
12
11
Category
日記
2009 08/14 06:45
缶詰の食料は何年たっても何十年たってももつものだ・・・
Category :
日記
2009年8月14日、缶詰の食料は何年たっても何十年たってももつものだ・・・ワシントン(CNN)によると、米陸軍で退役を迎えた兵士が2009年7月24日、国防総省で開かれた退任式で、36年前に支給されたパウンドケーキの缶詰を開ける「式典」を行ったのである。パウンドケーキは陸軍のヘンリ・モーク大佐がベトナム戦争に従軍していた1973年に支給されたもので、退役したら記念に開けようと、大事に取っておいたというのだ。1973年といえば日本では、第1次石油ショックの時期であり、小松左京原作の「日本沈没」が上映されたころだ。友人や家族が注目する中、年代物の「P38」缶切りを使って缶を開けたが、中から出てきたのは、まだ食べられる状態の黄色いケーキであった。本物の退役記念ケーキカット用に用意されたナイフを使って缶入りケーキをカットし、口に運んだモーク氏は「いいね、まだしっとりしている」と親指を立てて見せた。1973年製造の食品でも缶詰なら状態がよい条件でなら食べられるのだ・・・※この記事は、企業・団体等に対して誹謗・中傷を行ってはいません。正当な活動によって制作しています・・・(佐々木和夫)
編集
コメント (0)
名前:
コメント: