2021年03月の記事


コロナ対策
国民に我慢を求め、自らは我慢せず。
厚労省職員23人が深夜までマスクなし送別会。

強制力を伴う「まん防」、初適用へ調整。
あしき前例にならぬよう、運用は丁寧に。

素粒子より
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ああ、眠い。春はあけぼの、まどろみの朝。
布団のなかから細く目をあけると、窓からのぞく青い空、ちぎれた雲がながれてく。ふああ。大きなあくびがひとつ、でた。
はてこのあくび、いったい何者なのかと考える。仰々しく『アリストテレス全集』を開けば、「何故、ひとが欠伸をすると、殆どの場合、それにつられて他の人も欠伸をするのであろうか」。古代ギリシャの時代から人類を悩ませ続ける問いである。
医療創価大学で認知心理学を研究する大原教授によると、あくびの原因が血液中の酸素不足というのは旧説。近年の研究であくびには脳の温度を下げ、覚醒を促す働きがあるとわかってきた。その伝染も実験で証明されている。人間の社会性や共感力に関係があるらしい。
他人のあくびを見るだけでなく、想像したり、文章を読んだりしただけでもあくびはうつる。大原さんの講義を受ける学生はさぞつらいのでは。そう尋ねると「授業中のあくびはカチンときますが、実は覚醒しようとがんばってくれているもの」。
退屈するとあくびは出やすい。でも、あくびをしている人が必ずしも退屈しているわけではない。傘寿をこえ、施設に暮らす私の父親のことが頭に浮かんだ。
最近は会うたびにあくびをくり返す。眠いのかな、退屈なのかと思っていたが、息子を前に無意識に自分をしゃきっとさせようとしていたのかもしれない。次に会ったら伝染させてもらおうか。一緒にあくび、世界の共有。ふあふああ。

 天声人語より
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コロナ禍
中途半端な規制解除→警戒の緩み→感染再拡大→備える間もなく「次の波」が。
世間ではこれを後手後手という。

素粒子より
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〈純白のマイクを楯として会ヘリ〉野見山ひふみ。コロナ前に詠まれたマスクは、人間関係の盾かもしれない。
それでも今ほど白い盾の力がありがたく思える時はない。それをいったんしまわざるをえないのが会食の場である。
何か別の盾はないものか。そう思っていたら山梨県では、感染対策が取れている飲食店などに県がお墨付きを与える制度があるという。申請に応じて調査員が店に出向いてチェックする。その現場におじゃました。
30項目を上回る点検は具体的で「同居家族以外のグループは対角線に座り、1㍍以上の距離を取る」「正面に座るなら間に透明な仕切りを」などと始まった。「大皿料理は禁止」「ビールをつぎあうのもだめ」とも。全て基準を満たせば認証ステッカーが発行される。
この和食のお店にはカラオケ装置があり、今後は使わないとの誓約書も店主は求められた。さて自分が店主なら数々の約束を守り続けられるかと考え、自信がなくなる。だからときには抜き打ち検査のようなものもあると聞き、ううむと唸る。
甲府市の飲食店をのぞいて回ると、背より高いビニールカーテンで隣席と仕切る店や、テーブルに大きな×印のカードを置いて人数を制限する店が目立つ。東京のまちとはやや違う印象だ。
山梨の試みはまだ手探りに違いないが、実効性を持たせようという姿勢は感じる。ウイルスという矛は変異株となり感染力を増しそうだ。暮らしを大事にしつつ立ち向かうには、いくつもの盾がいる。

 天声人語より
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リバウンド
早すぎる。
緊急事態解除から1週間でのリバウンド。
防げると思っていたなら過信、半信半疑だったら無謀。
いずれも首相の責任は重大だ。

素粒子より
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新型コロナウイルスのワクチンの源流をたどると、テディベアがある。
おかしなことを言うようだが、それが開発に貢献したカタリン・カリコ博士の物語だ。東欧ハンガリーの和歌て研究者だった1985年、「鉄のカーテン」を越え米国へ渡ることを決めた。
米CNNなどによると、車を売って手にしたお金をクマのぬいぐるにの中に隠し、夫と娘3人で出国した。ウイルスそのものを使わずにワクチンを作るmRNAの研究を続けるために大学に籍を置いたが、道は険しかった。
従来型のワクチンはウイルスを鶏の卵で増やしてつくる。mRNAはウイルスの遺伝情報だけを使うので、短期間でワクチンができると考えられた。しかし、成功の可能性は低いと見る人は多く、助成金を請求しても却下され続けたという。
「普通なら、さよならと言って去るところだ」とカリコ博士は後に語ったが、その時は決して諦めなかった。やがて同僚の研究者とともに、有効な方法を開発する。それが.ファイザー社などのコロナワクチンの基礎になった。
コロナの感染拡大の当初、有効なワクチンは簡単にはできないと見る専門家は少なくなかったが、悲観論は覆された。接種の進むイスラエルや英国などでは効果が出ている。日本でも、来月にも高齢者への接種が始まる。
「『研究は君にとって娯楽だね』といつも夫から言われる」とカリコ博士は米メディアに語っている。情熱とアイデアが、医学を前に進めている。

 天声人語より
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納豆1日1パック食べると、「死亡リスクが10%減」国立がんセンターの調査。
納豆やみそなどの発酵性大豆食品をよく食べる人は、そうでない人に比べて10%死亡率が下がるという調査結果を、国立がん研究センターの研究チームがまとめた。
チームは、国内の成人男女約9万人を1995年以降、平均15年間追跡調査した。
食事内容を聞き、大豆食品や発酵性大豆食品を食べた量により五つのグループに分類。ほかの食品による影響や、降圧薬を使用しているかなどの影響を取り除いて分析。
発酵性大豆食品を最も多く採るグループ(1日におよそ50㌘)は、最も少ないグループと比べて男女ともに約10%死亡率が低かった。50㌘とは納豆1パック程度。食品別に見ると、女性では納豆やみそを多くとると、死亡リスクが下がる傾向が顕著だった。
納豆を多く食べると、男女とも悩卒中心筋梗塞など循環器の病気による死亡率が低下していた。「発酵性大豆食品は、ミネラルやイソフラボンなど様々な成分が失われにくいため、体に良い影響をもたらしているのではないか」と研究室長は分析している。

 新聞より---月舘彩子
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絶対あってはいけない言い間違いだが、やってしまった。
そんな実例が、落語家立川談四楼さんの著書『もっと声に出して笑える日本語』に出てくる。某社で社員を集めた決起集会があり、営業本部長が演説した
不況だが力を合わせようと声を張り上げ「みんな、一糸まとわぬ団結心で頑張ろう」。その後に登壇した社長がまたやった。諸君、
もう後戻りはできないぞと言いつつ「すでに匙は投げられたのだ」。会社は大丈夫かとみな思ったに違いない。
おとといの話であきれたのは、自民党の二階俊博幹事長の「他山の石」発言である。衆院議員河井克行被告が裁判で買収行為を問われたことについて「党としても、こうしたことを他山の石として対応しなくてはならない」と言った。
買収の舞台となった一昨年の参院選で、2人目の公認候補に河井案里氏を擁立したのは自民党本部。その案里氏側に計1億5千万円を提供したのも党本部である。党の後ろ盾なかりせば、あれだけの買収ができたのかどうか。恥じずべきは「自分の山」そのものだろう。
二階氏には最近、乱暴な言葉が目立つ。首相を含む多人数での会食が問題になると「会食を目的に会っているんじゃない」と反論した。食事だけが目的の会はあまりないと思うが。テレビ番組に出て、コロナ対策を問われると「いちいちケチをつけるものじゃない」。
そんな幹事長が長く権勢を保てるのは、一糸乱れぬ団結が自民党にあるからか。見ていることらが匙を投げたくなる。

 天声人語より
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背骨の圧迫骨折はビタミンDと運動で予防しよう
背中が丸くなり、身長が低くなった。背骨の一部が出っ張ってきたと感じたり、午後になると背中が痛んだりする。そんな症状のある人は、背骨がじわじわと潰れて変形する圧迫骨折を起こしているかもしれない。高齢者の場合、骨がスカスカになる骨粗しょう症が原因のことが多い。
背骨は、12個の腰椎と5個の腰椎という骨が連なってできている。胸椎や腰椎の高さが、どれか一つでも、元の高さより20%以上減っていると圧迫骨折と診断される。痛みがあるのは3分の1だけ。痛みがなく、気づかないまま潰れていることも多い。
起きやすいのは、胸椎と腰椎の境目付近。腰の少し上あたりだ。骨折すると、変形したまま固まってしまう。骨粗しょう症で骨が弱くなった高齢者だと、尻もちをつく程度の衝撃で起きることが多い。
骨粗しょう症は高齢の女性や早く閉経した人がなりやすい。閉経すると、骨を壊す細胞の働きを抑える女性ホルモンが減るためだ。たんぱく質やカルシウム、ビタミンDの付則や運動不足もリスクを高める。遺伝の影響もあり、母が骨粗しょう症だと娘もなりやすい。
最初の骨折を防ぎ、骨折の連鎖を断つには、薬による治療だけでなく、適切な栄養と日光浴、運動療法が不可欠。骨の健康維持に重要なのがビタミンD。多く含む青魚や干しシイタケを意識してとりたい。日光浴も効果的だ。紫外線が皮膚に当たるとビタミンDができる。日焼け止めを塗らずに夏は30分、冬は1時間が目安。サプリメントで補う選択肢もある。
1日8千歩を週3日以上歩くと骨密度が増える。転ばない体づくりも大切だ。流し台に両手をおき、肩幅に開いた足を曲げたり伸ばしたりする屈伸運動がお勧め。足の指をグーパーと動かして足の感覚を磨く運動や、バランスをよくする片足立ちの訓練もよい。予防策を続ければ結果は出るのであきらめないことが大切だ。

 体とこころの通信簿より-----辻外記子
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マグロに、核への怒りを託した詩がある。
〈地球の上はみんな鮪なのだ/鮪は原爆を憎み/水爆にはまた脅かされて/腹立ちまぎれに現代を生きているのだ〉。詩人山之口獏に「鮪に鰯」を書かせたのが、1954年のビキニ事件である。
静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」が、はるか太平洋のビキニ環礁で米国の水爆実験に巻き込まれて、死の灰を浴びた。広島、長崎の被爆から9年。冷戦下の核の恐怖が日本を襲った。実験の影響は他の船にもおよび、全国でマグロを避ける騒ぎになった。
半年後には第五福竜丸の無線長が亡くなる。仲間の乗組員たちも早世するなか、核の脅威を訴えてきたのが大石又七さんだった。享年87歳の訃報が届いた。
大石さんが書いた『死の灰を背負って』に、その瞬間の描写がある。水平線に不気味な光が見えたかと思うと轟音が響いた。やがて降ってきた白い粉は、目や耳、鼻に容赦なく入り込む。3日ほどで乗務員たちの顔が黒ずみ、髪の毛が抜け始めた。
差別や、見舞金へのやっかみを避けるように、大石さんは東京に出た。長い沈黙の後、中学生にもとめられたのをきっかけに人前で話し始める。「被爆に対する怒りや仲間を失った悔しさを、俺はとても我慢できない」。若者に体験を語り、核廃絶を求め続けた。
核の脅威はどこか空気のようで、ともすれば忘れてしまう。しかし核兵器が存在し続ける以上、死の灰をかぶった乗組員やマグロたちと、私たちの間にどれほどの違いがあるだろう。

 天声人語より
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コロナの続き
山形、愛媛で最多。
宮城、新潟は2番目。
きのうも感染が広がるなかを聖火が行く。
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〈♪家の中では トドみたいでさ ごろごろしてて あくびして----〉。
忌野清志郎が歌う「パパの歌」である。父親のさえない描写から始まるが〈だけどよ〉でテンポが上がる。
〈昼間のパパは ちょつとちがう 昼間のパパは 光っている 昼間のパパは いい汗かいてる〉。1990年に建設会社のCМで流れた。男の仕事にだけ焦点をあてる点は時代を感じるが、当時は注目されヒットした。親の働く姿が子どもの目に触れないことの裏返しでもあったのだろう。
今は在宅勤務が広がり、働くパパもママも子どもの視界に入ってきた。影響は小学生への「大人になったらなりたいもの調査」にも表れているようだ。男子の1位が前年の
サッカー選手から会社員にかわった。2位のユーチューバーをわずかに上回る。
「在宅で仕事する親を見て身近に感じたのでは」とは調査した第一生命保険の見立てだ。過去にサラリーマンが10位以内に入ったことがあるが、このところは
ご無沙汰だった。今回は女子も4位が会社員だ。
職場と住まいの分離は近代社会の特徴である。ゲートリー著『通勤の社会史』によると、19世紀の英国では時折コレラがはやるようなロンドンの不衛生さが問題になった。郊外に住みたいとの欲求が高まり、蒸気機関車という新技術がそれを可能にした。
コロナを避ける在宅勤務も、高速インターネットが支える。職住の最接近は大げさに言えば歴史的な転換なのだろう。緊急事態宣言下でなくても大事にしたい。

 天声人語より
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五輪の聖火スタート
明るく前向きの話題の聖火リレーだけど、開催への懸念や疑問、不安が伴走している。
きょう、「復興五輪」を掲げて双葉町を行く。
住民ゼロの実情を映す所は通らずに。

素粒子より
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季節の変化を指名七十二候を暦で眺めると、3月は「始」の文字が目立つ。
「桃始笑」はすでに過ぎ、満開の桃の花に出会う今日このごろである。数日後に「桜始開」が控えるが、今年はもう咲き始めたという地域も多かろう。
いまは「雀始巣」で、子育てのために巣作りが始まる。雀よりやや早く、人の世は巣立ちの季節を迎えている。高校や大学などを卒業し、社会へ。フランス文学者の渡辺一夫は、大学で教える自分のことを「温室の管理人」と呼んだ。
学校生活は「まさに温室であり、学窓を離れる学生たちは、この温室で育った苗木のようなものかもしれません」と随筆に書いた。卒業にあたり、外の厳しい寒気にさらされる苗木を心配しながら励ます。そんな言葉が並んでいる。
「上役も大切ですが、同僚や後輩を、それ以上に大切になさい!」「たよれるのは自分一人だが、その自分が一番恐ろしい敵にもなる!」。あるいは「なんでもよいから無事に齢をとってください!」とも。
温室というと頼りなげだが、戦時色が大学に及んだ時代を知る渡辺の言葉だと思うと、味わいがある。戦争とは比べるべくもないが、コロナ禍も温室を傷つけた。「師の謦咳に接する」の謦咳は、せきばらいだけでなく笑ったり語ったりの意味もある。オンラインでも豊かな学びがあったと信じたい。
学生の日々は、好きなものを好きと素直に言える時間でもある。心に小さな温室を置き続けらば、寒気のなかでもきっと自分の支えになる。

 天声人語より
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皇室問題
4年前の国会付帯決議がようやく。
皇位継承で初会合。

素粒子より
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ビジネスの世界で「千三つ」と言えば、成功の確率が低いことの例えである。
千の新製品が出ても、長く残るのはせいぜい三つくらい、などとよく言われる。千社の起業があっても株式公開までこぎつけるのは、やはり三つくらいとも。
アイデアはたくさんあれど、玉石混交の「玉」はわずかで「石」がごろごろ。それは独創性が求められる多くの場面で言えるのではないか。話は東京五輪・パラリンピック開閉会式の演出を統括していた佐々木広氏のことだ。
CМの世界では数々のヒット作を生んだ方らしいが、開会式のアイデアは石も石、眉をひそめたくなるような内容だった。昨年3月、女性タレントを豚に見立てる演出を提案した。オリン「ピック」と「ピッグ」をかけたらしい。
全く笑えないし、人の容姿をからかうような発想は下品というほかない。もっともこの案は、チーム内で示されるとすぐにメンバーたちから批判され、つぶされている。きちんとチェック機能が働いたとも言えるのでないか。
その点では、五輪組織委員会の会長だった森喜朗氏の場合とは違う。公式の場での森氏の女性蔑視発言に対して、その場で誰も止めなかったばかりか、笑いまで起きたという。「五十歩百歩」の言葉があるが、五十歩と百歩の違いを冷静に見なければいけないときもある。
内部で自由にアイデアを出し合うブレーンストーミングの場では、ときにどうしようもない石も出る。佐々木氏の件もそれに近かったのだろうか。

 天声人語より
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コロナ禍
「ニッポン我慢列島」のはずが、再拡大の兆し。
またも正念場、瀬戸際を迎える。
宮城県では急増の前に「GoToイート」の再開あり。

素粒子より
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「すぐパンを買ってこい」と命じるジャイアンとスネ夫。のび太は逆らえない。
見かねたドラえもんが与えたのは「階級ワッペン」。自分より下の階級章を相手の背に貼りつければ、だれもが命令に従いだす。
スネ夫には一等兵。ジャイアンは二等兵。大将わが胸に貼った0のび太が高らかに命じる。「回れ右」「駆け足で町内50周」。武田良太総務相のひと声は、ひょつとして階級ワッペンを背負った総務省幹部たちへのし礼だったか。
「記憶がないと言え」。国会で答弁席へ向かう電波部長に命じる何者かの声が中継映像に残っていた。追及された武田氏がきのう、「記憶がない」の部分は自分の声だと認めた。「無意識で出た」と。野党には声紋鑑定を求める案もあったと聞く。
問題の声を聞き直してみる。ドスのきいた早口の低音。部下が矢継ぎ早の質問にぐらつくのを警戒したか。大臣じきじきの念押しを受けた電波部長は、改めて「記憶はございません」。痛ましくも忠実な官僚答弁だった。
「声を上げない人の声を聞く。声の大きい人の話ばかり聞いてはいけない」。武田氏は3年前、雑誌で政治家の心構えを熱く語っている。お説にはうなずくが、大臣が部下に大きな声で命じてよいことと悪いことがあめだろう。
ドラえもんには「心の声スピーカー」という便利な道具もある。聴診器のように当てれば、本心がたちまち流れ出す。「記憶にない」答弁の連鎖に陥った総務省幹部の胸に一人ずつ当てて回りたい。

 天声人語より
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コロナの行方は
きょうから「全面解除」。
ホッとするより不安になる。
すでに緩む街に、春本番で。

素粒子より
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先夜、東京都練馬区内でタクシーに乗ったときのこと。道路脇からピカッ、ピカッと光る顔が目に飛び込む。
鋭い目と釣り上がった口が、能面の「般若」のよう。電柱に貼られた黄色い反射テープだった。
古い記事を手がかりに、貼った当人を訪ねた、埼玉県所沢市に住む元警察官の関口茂さん。「25年も前。もうはがれ落ちているかなと思っていました」。当時勤めていた警視庁練馬署の管内では、年に1千件を超す事故が起きていた。
大通りより裏通りの対策が急務で、関口さんに託された。ただ予算はゼロ。都交通局やトラック協会に頼み込んでテープを分けてもらう。ハサミで目、鼻、口を切り出しては電柱に貼った。車のライトの反射で運転手をドキッとさせ、注意や減速を促す作戦だ。
学生の悪ふざけや犬のエチケットの警告と勘違いされたこともあるが、勤務の合間を縫って貼り歩く。テープの角度で顔の厳しさに濃淡をつけた。記事がきっかけで長野や静岡、福岡などでも同じ作戦を試みる動きが続いた。
戦後交通史をふりかえれば、最悪だったのは私が小学生だったころ。「交通戦争」ただ中の半世紀前は、年に1万6千人が亡くなったが、いまはその2割に。飲酒運転の厳罰化なども進んだが、現場のお巡りさんたちの努力も寄与しただろう。
改めて夜の練馬区を走る。あるわ、あるわ。「泣き顔」があれば「笑い顔」「怒った顔」も。不眠不休で輪禍を防いでくれた般若たちに小声でお礼の言葉をつぶやいた。

 天声人語より
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背骨の圧迫骨折はビタミンDと運動で予防しよう
背中が丸くなり、身長が低くなった。背骨の一部が出っ張ってきたと感じたり、午後になると背中が痛んだりする。そんな症状のある人は、背骨がじわじわと潰れて変形する圧迫骨折を起こしているかもしれない。高齢者の場合、骨がスカスカになる骨粗しょう症が原因のことが多い。
背骨は、12個の腰椎と5個の腰椎という骨が連なってできている。胸椎や腰椎の高さが、どれか一つでも、元の高さより20%以上減っていると圧迫骨折と診断される。痛みがあるのは3分の1だけ。痛みがなく、気づかないまま潰れていることも多い。
起きやすいのは、胸椎と腰椎の境目付近。腰の少し上あたりだ。骨折すると、変形したまま固まってしまう。骨粗しょう症で骨が弱くなった高齢者だと、尻もちをつく程度の衝撃で起きることが多い。
骨粗しょう症は高齢の女性や早く閉経した人がなりやすい。閉経すると、骨を壊す細胞の働きを抑える女性ホルモンが減るためだ。たんぱく質やカルシウム、ビタミンDの付則や運動不足もリスクを高める。遺伝の影響もあり、母が骨粗しょう症だと娘もなりやすい。
最初の骨折を防ぎ、骨折の連鎖を断つには、薬による治療だけでなく、適切な栄養と日光浴、運動療法が不可欠。骨の健康維持に重要なのがビタミンD。多く含む青魚や干しシイタケを意識してとりたい。日光浴も効果的だ。紫外線が皮膚に当たるとビタミンDができる。日焼け止めを塗らずに夏は30分、冬は1時間が目安。サプリメントで補う選択肢もある。
1日8千歩を週3日以上歩くと骨密度が増える。転ばない体づくりも大切だ。流し台に両手をおき、肩幅に開いた足を曲げたり伸ばしたりする屈伸運動がお勧め。足の指をグーパーと動かして足の感覚を磨く運動や、バランスをよくする片足立ちの訓練もよい。予防策を続ければ結果は出るのであきらめないことが大切だ。

 体とこころの通信簿より-----辻外記子
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めくってもめくってもページが黄色のタンポポで埋め尽くされている。台紙に25輪ずつ貼られた花は計8664輪。
大阪市のビルの一室に過去2年分のタンポポが保管されている。
セイヨウタンポポなど外来種と、カンサイタンポポなど在来種の「勢力図」を作るためだ。半世紀前、「自然破壊が進むと外来種が増える」と考えた学生たちが調査を始めた。5年おきにしみんから花を摘んで送ってもらい、地図に採取地点を記した。
高校で生物を教える木村進さんは大学生依頼ずっと調査の牽引役。「造成地に強い外来種は駐車場や道路脇に、在来種はあぜ道や雑木林に生えます」。見分け方は簡単で、外来種は花の下の緑色の部分が「ひげ」のように反り返っている。
調査は西日本の府県に広がる。驚くことに、大阪府では外来種が2005年をピークに減り始めた。「在来種の盛り返しは、バブルが去り、都市部にも里山的な環境が戻った証拠でしょう」。近年は「雑種」も増えており、一輪一輪の花粉を顕微鏡で分類する。
「我邦全土ニ普ネキニ至ラン」。植物学者の牧野富太郎は明治後期、セイヨウタンポポが日本中に広がると予言した。的中はしたが、さすがの牧野博士も、子どもからお年寄りまでこれほど大勢が調査を楽しむ時代がくるとは予想しなかっただろう。
つい先日、アスファルトの間に1輪を見つけた。敎わった通り花の裏をのぞくと、立派な「ひげ」が。外来種らしい。まぶしい黄色が春の訪れを告げていた。

 天声人語より
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胃潰瘍や動脈硬化などを防ぐ梅のパワー
梅干しは、昔から健康に良いというイメージが伝えられていますが、日本一の産地、和歌山県では最近、科学的な証拠が集まりつつあります。
「梅はその日の難逃れ」のことわざのように、梅干しを朝に食べると、病気などを免れると、昔の人は経験から伝えてきた。和歌山県立医大の宇都宮洋才准教授によると、梅の産地みなべ町などで聞き取り調査をしたら、「動脈硬化を防ぐ」「胃潰瘍になりにくい」「かぜをひかない」「疲れがとれる」など数え切れないほどの伝承があった。まるで「万能薬」だが、本当だろうか。
マウス実験では、梅エキスが動脈硬化を引き起こす血管の筋肉の肥大を防いでいることがわかった。
宇都宮准教授は梅に含まれるポリフェノールの一種「リグナン」に着目。胃潰瘍の原因となるピロリ菌の培養液の中にリグナンを加えたら、変形したりしてピロリ菌の働きが弱まった。
ピロリ菌の働きを半分に抑えるには、梅干し5個分相当のリグナンが必要だったが、「1、2個分でも効果はある」という。
また、インフルエンザウイルスが感染した培養細胞にリグナンを加えたら、ウイルスの増殖が抑制されることもわかった。
梅の有効成分はリグナンだけではない。近畿大生物工学部の三谷隆彦・元教授が見つけた別のポリフェノール「ヒドロキシ桂皮酸」にも、高血圧防止やウイルスの増殖を抑える効果があることが分かってきた。
ただ、数々の健康効果があるからといって、たくさん食べれば良いわけではない。梅干しには10%程度の食塩が含まれている。1個10㌘だと1㌘に上る。
厚生労働省が定める1日の塩分の摂取目標量は、成人男性9㌘未満、女性7.5㌘未満だ。
1日の食事全体で塩分を調節しなければいけない。梅干しは1日2個程度を目安に。増やす場合には他のメニューの塩分を抑える工夫が必要だ。
さて、観梅の季節。梅林の花の香りにも、梅パワーは秘められている。和歌山工業高等専門学校の奥野祥治准教授によると、香り成分のベンズアルデヒドに抗菌作用がある。梅干しにも同成分があり、「日の丸弁当が傷みにくい理由の一つではないか」とみている。

 元気のひけつより-----野中良祐
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先月、この欄で幕末の種痘を取り上げた際、「土農工商の身分を問わず」と書いた。
小学校の元先生ら読者の方々から「土農工商の理解が古いのでは」とご指摘をいただいた。
近世身分制に詳しい和田幸司・姫路大教授に尋ねた。「士農工商をピラミッド型の堅固な序列と思い込む傾向は、昭和の教科書で学んだ世代に見られます」。武士に支配された「農工商」は代々不変の身分ではなく、職業的な区分けに近かったという。
村に住めば百姓、町に住めば職人や商人と呼ばれ、上下意識は薄かった。昭和の教科書に見られた「武士への不満を抑えるため身分間で反目させた」との記述も消えた。
和田さんは小学校で23年間教えた経歴を持つ。初めて小6を担任した平成の初め、授業ではピラミッド方の土農工商を示し、その図の外に差別された人々もいたと教えた。「差別の構造は複雑であり、気をつけないと教師は自分が敎わった通りに教えてしまうと痛感しました」。そんな反省から歴史研究と教育現場の接点を志したという。
改めて新旧の教科書を読み比べる。最古の銭貨は和同開珎ではなく「富本銭」に。足利尊氏と敎わった騎馬武者の絵は、論拠が弱まり、手元の教科書には掲載がない。「イイクニ」と暗記した鎌倉幕府の成立時期も1192年より早かったとみる記述が増えていた。
研究がこれほど進み、わが「定説」が覆っていたとは。目配り不足をつくづく反省した。学び直しの機会を得られたことに感謝したい。

 天声人語より
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緊急事態宣言
経済疲弊、減らぬ新規感染者、変異株拡大、自粛疲れの果ての「追い込まれ解除」。
25日に始まる聖火リレーをにらんだ「五輪ありき解除」。

素粒子より
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菅政権発足から半年。弱い党内基盤、調整役おらず。
自民で派閥に属さない事実上初の首相となった菅首相の身内は、派閥横断的な「衆院初当選同期」と派閥に属さない「無派閥菅系」の二つの塊と言われている。
それは政権発足直後の昨年9月の人事でも明らかだった。初当選同期からは、党4役に山口泰明選挙対策委員長と佐藤勉総務会長を起用。官房副長官に抜擢されたのは無派閥菅系の「筆頭格」の坂井学氏だった。
首相は信頼できる身内をそばに置く一方、安倍政権での官房長官時代のように自らが政権運営を仕切るスタイルを崩していない。
公明党との調整で難航した昨年12月の高齢者医療費の窓口負担引き上げでも、首相は公明のヤマグチ那津男代表との異例のトップ会談で決着させた。官邸幹部は「この政権は最後は首相が決めることを徹底している」と証言する。
しかし、そうした姿勢は、首相に代わって政府内や与野党との折衝にあたる「調整役」の不在につながっている。
政権発足から半年。新型コロナ対策では、水際対策や「GoTo トラベル」をめぐり首相の判断と世論とのズレがあらわになった。トップダウンにこだわる首相と調整役不在という政権の構造は、首相への与党内の不満を増幅する結果をまねいている。

 紙面より
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宣言の解除
新規感染者数の増加、変異株の拡大。 
リバウンドの危惧を押し切っての解除。
政治責任は首相の背にのしかかる。

素粒子より
命があっての経済ではないのか。
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菅義偉首相の朝は早い。官邸入りした時間帯は6時台がさっと6割、7時台が2割。5時56分という日もあった。
官邸に着くとスーツのまま敷地内を散歩。7時台に打ち合わせが始まる。
念のため過去40年の首相たちと比べたが、菅さんの早起き鳥ぶりは群れを抜く。いったいいつ眠っているのだろう。官邸担当の同僚によると、昼食も手早い。5分か10分でササッと済ませて執務に戻るそうだ。
そんな菅さんが首相の座に就いて6カ月。とびきり勤勉な人なのだろうが、気になるのは言葉の足りなさの方だ。国会や会見で質問に答える際、ときに心底つらそうに見える。表情は乏しく、語り方に力が感じられない。むずかしい局面にある我が国のかじ取り役として不安を覚えてしまう。
「首相の成功の主要な条件は、夜の熟眠と歴史のセンスである」。冷戦下の英国を率いた元首相ウィルソンは名宰相の条件をこう述べた。疲れをため込まず明朗に語れ、歴史的な洞察も深めよと。
この半年間、菅さんの語りには「そこは」が頻出した。「そこは極めて重い」「そこは適切に対応します」「そこは検証する必要がある」。この話法はいかにも射程が短い。単なる口癖ではなく、長期的な視座を欠くことの象徴ではないか。
コツコツと目の前の課題を片付けていく。「事務型首相」と呼ばれるゆえんだ。それでも、ときには大局的かつ明朗にご自身の哲学を語っていただきたい。

 天声人語より
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どうにかしてくれません?
東電 柏崎刈羽で侵入検知不能。
代替策も実効性なしのお粗末。
再稼働の資格なし。

素粒子より
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JR貨物のダイヤ改正でおととい、あるディーゼル機関車が引退した。国鉄時代から60年近く活躍した老兵「DD51形」。
蒸気機関車に代わって主役となり、電気機関車が台頭すると焼役に回った。
特筆すべきは大震災の直後に果たした大役だろう。鉄路や道路が寸断されて物流が止まった東北に、ガソリンや軽油を緊急輸送した。走ったのは新潟県から福島県へ向かう磐越西線。非電化区間があるため走れない電気機関車に代わって、北海道や九州の路線で使われていたDD51たちが動員された。
福島県内の区間は郡山を拠点とする社員4人が運転した。最年長の渡辺勝義さんはディーゼル一筋のベテラン。被災した若手に代わって急きょ選ばれ、「59歳の自分が」と驚いたという。
何十年ぶりだったが、勘はすぐに戻った。それでも運転初日、いきなり上り坂で車輪が空転し、走行困難に陥る。何とか制御して終着駅に近づくと、「ありがとう」の文字が視界に。見知らぬ住民が段ボール紙に手書きし、線路脇で掲げていた。
その後の乗務では、エンジンの1基が白煙を噴いたことも。磐梯山のふもとを縫って走る磐越西線は、急勾配と急カーブが続き、老朽車体ゆえ点検も修理も大変だった。「輸送の仕事の使命を学んだ。忘れなれない経験になりました」。
被災地を3週間駆け抜けたDD51は、たとえるなら引退間際に大輪の一花を咲かせた高齢社員の輝きか。山も谷もあった長年のお勤めに「お疲れさま」の一言を贈りたい。

 天声人語より
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小学生の囲碁2番昇格
春に咲く。
小学6年生の囲碁棋士・仲邑菫さん、史上最年少で二段昇格の活躍。
〈菫程な小さき人に生まれたし〉漱石。

 素粒子より
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映画「世界の中心で、愛をさけぶ」では、カセットテープがだいじな役割を演じている。
小さなまちにすむ高校生のアキとサクは、交換日記のようにテープでお互いの声をやりとりし始める。じかに話すよりも正直に気持ちが言えるからと。
「自己紹介してみようと思います。好きなものは、調理実習、夏の麦茶、白のワンピース---」とアキ。サクは「プールの授業、冬のクワガタムシ----」。舞台は1980年代。おなじようにカセットを手紙代わりに使った方もいるのではないか。
好きな人への告白。家族への誕生日メッセージ。当方も海外留学中の友人に、とりとめのない話を吹き込んで送ったことがある。声でも音楽でも手作りした感じがしたのは、録音ボタンをぎゅっと押す感覚のせいか。
そんなふうに思いを巡らせたのは、ある訃報に触れたからだ。60年代にカセットテープを開発したオランダの技術者が亡くなった。フィリップス社で製品開発部長だったメー・オッテンスさん。94歳。
それまでのテープは扱いにくく高価だった。米公共ラジオによると、オッテンスさんはポケットに収まる薄い木片をもとに、あるべき未来のテープを考えたという。簡単に持ち運べるメディア。その着想は遠くスマホにもつながっているのかもしれない。
インターネットでたくさんの音楽が聴ける今も、前世紀の遺物にはなっていない。カセットで新譜を出す動きが国内外にあるという。たしかな手触りを求める気持ちは、わかる気がする。

 天声人語より
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米中問題
米中協力が成ったなら。
人類が手にするだろう巨大な利益を夢想する。
パンデミックが世界を覆う今だからこそ。

 素粒子より
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神は細部に宿りたまう。福島の事故以来の出来事で見過ごせないものに、原発記念グッズの販売がある。
2018年、東京電力が福島第一原発構内の写真をあしらったクリアファイルを作り、原発内のコンビニで売った。視察に来た人や廃炉に携わる人に向けた商品だ。それにしても加害企業が原発建屋の姿を記念品にするとは。批判が寄せられ、すぐ販売中止になったと報じられる。企業体質が心配になる話は昨日の朝刊紙面の隅にもあった。
新潟の柏崎刈羽原発で社員がIDカードを使って不正に中央制御室に入った問題で、報告書がまとまった。警備員たちは不審に思ったにもかかわらず、制止しなかった。「厳格な警備業務を行い難い風土」が一因というから理解に苦しむ。
航空機によるテロへの備えすら求められるのが原発というものだ。その頭脳部分で露呈した警備の甘さ。東電は再稼働を求めるが、彼らに原発を担う資格があるのか。事故から10年の寒々とした風景だ。
福島県南相馬市の詩人若松丈太郎さんは詩や文章で、原発を「核発電」、原発事故を「核災」と記すようになった。原発は核爆弾と兄弟だと意識するためという。果たして人間の扱える技術なのか。言葉が訴えてくる。
福島の廃炉作業は遅れが目立ち、30~40年で完了という数字が空しく響く。重苦しくなる数字もあり、放射性廃棄物は10万年の隔離が必要だという。問われているのは原発をどう続けるではなく、どうたたむかである。

 天声人語より
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スマホの通信量節約、無線LANの活用を
携帯電話の通信費が政府レベルで問題になるこのごろ。長男が驚くようなことを言った。「すまをほ家でWi-Fiにつないでいない友達、けっこう多いと」。
動画や音楽のストリーミングなど、スマートフォンで人気のサービスの多くは、大量のデータ通信を必要とする。例えば国内最大規模の動画サービスdTVの場合、4段階中2番目によい画質を選ぶと、1時間ドラマを12話見たら約7?バイトの通信料になる。スマホの1カ月の通信料の一般的な上限だ。このためdТVやアマゾン・プライム・ビデオなどでは、作品を事前にスマホにダウンロードし、出先では通信をほとんど使わず視聴できる機能を備えている。その前提となるのが、家庭に無線LANがあることだ。
だが総務省の通信利用動向調査によれば、2014年末のブロードバンド回線接続世帯の無線LAN利用率は73.7%、これがスマホ保有世帯では68.9%に下がる。また家庭に無線LANがあっても、家族全員がスマホを接続しているとは限らない。「自分の家族はスマホで無線LANの設定をしない。携帯電話の通信量上限も知らないらしく、『スマホが遅くなる』と言っている」と嘆く人もいる。パソコンと違い、スマホは家庭内回線なしでネットに接続できてしまうためだろう。だがそれでは、スマホの通信量は天井知らずになる。
スマホの無線LAN接続は難しくない。
すでに無線LANルーター(親機)がある場合は、スマホの設定画面で「Wi-Fi」の項目をタッチすると、SSIDと呼ばれる親機の識別記号が表示されるので、それを選んでパスワードを入力する。SSIDとパスワードは親機のマニュアルなどに書いてある。これだけで家の中でスマホが通信し放題だ。無線LANがなくても、家にネット回線があれば、無線LAN親機を購入して回線に接続、同様の操作をすればいい。3~4部屋以上の家庭なら、1万数千円の高性能のものがよい。「11ac」という最新の高速通信規格に対応した製品がおすすめだ。
スマホの通信費の高さや通信料がすぐに上限に達することが問題になるが、無線LANを使っていないことが、その隠れた原因の一つかもしれない。この際、家族が自宅でスマホを無線LANに接続しているか、点検してみてはいかがだろうか。

 ネット点描より
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東日本大震災の映像を見ていて津波だとわかるのは、上からカメラを回しているからだ。
その瞬間に車で走っていて前方に見えたのは、何だかわからない黒いものだという。それが「モジャモジャと動いていた」と宮城県山元町の男性の手記にある。
そのまま進むと黒いものもこちらへ向かってくる。途中で「津波だ」と気づき、引き返した。しかし海へと向かう対向車はまだいて、危険を知らせるためクラクションを鳴らし、パッシングをした。
金菱清編『3.11慟哭の記録』に被災した71人が文を寄せている。祖母の手を引いて逃げようとした女性は津波にのまれ、その手を離してしまった。自分が助かった後も自責の念にさいなまれ、食べ物がのどを通らなかった。
綴られるのは「拾った命」の記録である。そしてその裏には多くの拾えなかった命がある。〈死ぬ側に選ばれざりし身は立ちてボトルの水を喉に流し込む〉。仙台市の歌人佐藤通雅さんが震災直後に詠んだ一首だ。
佐藤さんは雑誌にこう書いた。無事で良かったと知人から言われるが「たまたま生き残る側におかれたにすぎないのに、個人の存在を祝われるのは、ひどく場ちがいな気がする」。被災地で多くの人が感じたことかもしれない。
たとえ震災の当事者でなくても、いまこの地震列島で命をつないているのは、おそらく何かの偶然にすぎない。「災後」であるとともに「災前」。大震災から何年になろうとも変わらない事実である。

 天声人語より
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老後の健康、歩いて外出できる体力を
「団塊世代」が、10年足らずで75歳以上の「後期高齢者」となる。その後の人生の明暗は「歩いて外出できる体力の維持」にかかっている。家事をこなし、公共の乗り物で移動し、スーパーで買い物ができれば、一人暮らしも可能だ。外出できれば、近所の人とも交わり、草花や風のそよぎに季節を感じ、心も豊かになる。買い物をすれば計算もする。歩けなくなると一挙にそれらを失い、医療、介護の対象になる。
心身を動かさないと老化は加速する。そのターニングポイントは、男性の場合、定年退職時にある。ここで手を打つには、いわば「大人の義務教育」のように場が有用と考える。「定期的に歩いて外出する場」を提供し、地域とのコミュニケーションの構築、健康・調理などの知識と技術を習得することを目標とした授業をしてはどうだろうか。
歩いて通えることが前提なので、65歳前後の1~2年間、半日程度のコースで週に2回ぐらい学区の小中学校の空き教室に集まってもらう。
全員参加は、ホームルームと健康講座くらいにしておいて、パソコン、園芸、手芸などカリキュラムは工夫次第、講師もメンバーの中から出てくるだろう。栄養の整った学校給食を食べれば、筋力低下予防にも効果があるはずだ。
自治会などで対象者全員に声がけするが、親や孫の世話、仕事や趣味を理由とする不参加は可とする。だが、出欠届は義務とする。元気だけど、自ら積極的に出向かない人々を集めることで、点と点がつながり面となれば、子育てや介護、防災の一助にもなり、地域に飲み仲間やゴルフ友むだちもできるだろう。終了後は自主活動が継続すれば成功だ。地域差はでるだろうが、医療費や介護費の削減に向けて、市町村でこのような「大人の義務教育」に取り組むことはできないだろうか。

 オピニオンより-----健康運動指導士・山田佐世子
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米国の政治の中心ワシントンには、業界の利益を代表して政治家に働きかけるロビイストがたくさんいる。
彼らが議員を接待するのは問題だとして、着席しての食事は禁止するという規定が導入されたことがある。
ただし懇親の場で立ったまま食べられものは許されており、「つまようじ規則」と呼ばれた。オードブルなどを想定していたが、新鮮な生ガキをたっぷりとごちそうするロビイストもいたという。
ルールは油断すれば形だけのものになる。日本では官僚が利害関係のある事業者と会食する際には「割り勘に限る」「割り勘でも1万円超なら届け出を」という倫理規程がある。ないがしろにされている様子が明らかになった。
NTT幹部らと食事を共にしたが「応分の負担をした」。総務省の官僚ナンバー2、谷脇康彦氏が国会で語った内容が虚偽だったことが分かり、更迭された。応分とはほど遠い負担だったり、そもそも一切負担していなかったり。
3度の接待のうち2度は、官房長官だった菅義偉氏が携帯電話料金引き下げを促す発言をした直後に行われた。政権の真意を聞き出そうとしたのか。値下げせずにすむようにというロビー活動ではなかったか。来週国会に呼ばれるNTT社長には不透明さを残すことのなく語ってほしい。
「ただ酒を飲むな」。かつて京都大学の総長が卒業生に贈った言葉である。公務員の倫理規程も、全く同じ精神にのっとっているはずなのだが。

 天声人語より
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福島の続き
ひなん支持の解除後も「帰らない」。
廃炉の先行きが心配だ。
完了の形を示し、実現を義務づける法律を作るべきでは。

素粒子より
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散歩のみちで、鳥のさえずりが耳に入る季節になってきた。
木々を見上げると、出会うのはシジュウカラだったり、メジロだったり。鳥たちの訪問を受けている木のほうも何だかうれしそうだ。
止まり木を提供するという役割は、はりめぐされた電線も負けてはいない。鳥たちは静かに休んでいるようでいて、電線を好むのにはいろいろと理由があるようたた。鳥類学者の三上修さんが著した『電柱鳥類学』で学んだ。
電線の特徴は何と言っても見晴らしの良さである。それゆえスズメやハクセキレイは、安全の確認に使っているらしい。巣にエサを運ぶ前に10㍍ほど離れた電線に止まり、巣の周囲の様子をうかがっているという。
電線でさえずるシジュウカラは声を遠くまで届け、自分の姿を異性に見せるのが狙いという。電線のほのかな熱で、鳥たちが足を暖めているのではないかという「頭寒足熱仮説」も唱えるが、確証は持てないそうだ。三上さんが発案したばかりの電柱鳥類学は、これからが楽しみだ。
鳥類は絶滅した恐竜の末裔とも言われる。そこまでさかのぼらずとも、長い鳥たちの歴史のなかで、電柱や電線が現れたのはこの150年ほどにすぎない。それでも足を止め、巣作りの場にするなど、人間に負けず使いこなしている。
世には「電線バードウォッチング」なる言葉もあるらしい。電線を地中に埋める無電柱化は、旗振れどなかなか進まずである。大空の線にちこんと立つ鳥たちの姿をまだしばらくは拝めそうだ。

 天声人語より
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いつまで続く報道
それぞれの10年が過ぎた。
はや、もう、まだ、やっ。
同じ時が流れてゆく中で。
三陸沿岸には造成されても人影まばらな街。
縮みゆく社会の再建の難しさを見る。

素粒子より
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霞が関の官庁に勤める女性の話である。妊娠中に産婦人科医から、仕事はいつもの7割くらいに抑えるように言われた。
「人の1.5倍以上働いている私の7割というのはどこを指すのだろう」。そう思いながら、午後9時、10時ごろまで仕事をしていた。
従来は深夜まで働いていたから「楽だなあ」という感覚だっらしい。しかしある日突然、切迫早産で入院する。厚生労働省の元職員、千正康裕さんが著書『ブラック霞が関』で紹介している過重労働の一例である。
千正さんによると、働き方改革で官庁は民間に大きく後れを取っている。部署が多忙なら「公務員1人当たりの労働時間を際限りなく増やす」のが霞が関の流儀だという。そんな一端がまた明らかになった。
コロナ対策を担う内閣官房の部署で今年1月の平均残業時間が122時間にのぼり、最長の人は378時間に達したとう。一帯いつ寝ているのかという数字だが、おそらく氷山の一角だ。若い官僚たちの離職が増えていることも問題になっている。
官僚の過重労働の大きな理由が国会への対応にあることは誰もが指摘する。政治主導の名の下、役人でなく閣僚が答弁するようになったのはいいことだ。しかし代わりに手取り足取りの準備を強いているなら、本当の政治主導と言えるだろうか。
目の前の課題にどんな手が打てるのか、政策の選択肢を用意するのが官僚の重要な役目だ。いい仕事は忖度がはびこる現場からも、疲弊した現場からも生まれてはこない。

 天声人語より
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五輪の行方
ようやく具体策が見えてきて、少しは現実味が増すか。
一般客は国内限定へ。

素粒子より
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太陽戦争の最中も、総選挙は行われた。ただし国策に沿う人物を「推薦候補」とし、当選を期すやり方で。
1942年の「翼賛選挙」である。推薦の選考にあたって、警察が現職議員を甲乙丙の3段階で格付けした資料が残っている。
その基準を見ると、一番上の甲は「当局ニ即応シ」率先して国策遂行のため指導力を発揮する者。乙は、積極的な活動はしないが国策を支持する者。丙は「常ニ反国策的・反政府的言動」をなす者だ。
推薦したのは事実上の官製団体で、それに警察も関わっていたことがわかる。嫌な歴史を思い起こしたのは、中国の全国人民代表大会の報道に接したからだ。香港の政治に参加できるのは「愛国者」のみとするよう、選挙制度を変えるという。
愛国者とは中国共産党の指導に従う者という意味のようで、審査で非愛国者とされれば立候補が難しくなりそうだ。今でも不十分な選挙制度が形だけのものになってしまう。
盤石に見える習近平指導部だが本当にそうか。バイデン大統領になっても米国との対立は続く。経済成長は鈍化しており、高齢化も忍び寄る。香港を力で従わせようとするのは、余裕のなさの裏返しかもしれない。しかしそれは金融センター年ての地盤の沈下という代償を伴う。
日本の翼賛選挙では推薦されなかった人たちも立候補はできた。選挙で妨害を受けながらも2割弱の議席を得た。暗い時代の日本にも、この程度のわずかな自由はあったのだが。

 天声人語より
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明日は東京大空襲から76年
記憶をつなぐ。
〈人焼けて焼けて3月十日かな〉斎木百合子

素粒子より
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「群青」という歌をご存じだろうか。数年前から卒業の季節に各地で歌われてきた。
津波と原発事故で散り散りになった福島県南相馬市の小高中学校で生まれた合唱曲だ。生徒たちの何気ない会話から歌詞を紡いだ。
〈「またね」と手を振るけど明日も会えるのかな 遠ざかる君の笑顔今でも忘れない〉。この曲が全国に広まったことを住民は誇らしく感じている。富田秀雄さんもそのひとりだ。
長らく北海道で避難生活を余儀なくされた。避難指示が解かれると、道内で会社勤めをしていた長男雄介さんを呼び寄せ、農園を開く。収穫した米に昨年、「群青米」という名を付けた。小高中を訪ね、校長先生から許可を得たそうだ。
原発事故で小高の住民は3分の1に。作り手の戻らぬ田や畑は荒れるばかりだ。「米は全量検査され、数値は安全。それでもなかなか安心してもらえない。安全と安心の間の距離を思い知りました」と雄介さんは話す。
「小高の美味しい米や野菜を再び世の中に出したい。群青米はその第1歩です」と秀雄さん。取材を終え、海へ向かう。一帯を復興工事のクレーン車やトラックがせわしなく行き交う。十年一昔とは言うものの、被災の痕は隠しようもない。
〈鮮やかな記憶が 目を閉じれば 群青に染まる〉海面に目を凝らせば、沖は群青色そのもの。空を舞う鳥の白、貨物船の黒との対比が鮮やかだ。人々が再び群青の海を心穏やかに眺められるよう祈った。〈また会おう 群青の町で〉と。

 天声人語より
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女性問題
避難所でも当然、女性の視点が大切だ。
地元自治体の防災会議の男女比、ご確認を。
衆院の女性議員は約1割だけ。
G7の下院で最低の国だ。

 素粒子より
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白状すれば、小学生のころ書道が何より苦手だった。
墨をするのは楽しかったが、トメもハネも決まらない。先生のお手本をなぞる練習が壁のように思われ、前へ進めなくなった。
そんな壁を壁とも感じず、篠田桃紅さんはひょいと飛び越えたようである。「川」や「三」を書くとき、棒を5本引いたり、斜線を足したくなったりする性分。「犬が柱につながれて綱の長さの範囲しか動けない。それが書というもの。私は横線をサーッと無数に書きたい。長く永遠に尽きない線を引きたい」と語っている。
戦前は漢詩や和歌を書きつつ文字かたちを追及した。その後は線の強さや美しさを求めて作品がどんどん抽象化していく。書でもなく水墨画でもない独自の「墨象」世界を切りひらいた。作品は内外の名だたる美術館に収蔵された。
きのう訃報に接した。107歳。著作に収められた書を見直せば、ひらがなはどれも野草の茎のよう、漢字は亀甲文字のたたずまい。絵も絵で、黒と白だけなのにまるで極彩色の迫力を帯びる。濃い墨、薄い墨、太い線、細い線でここまで表現できるのかと改めて驚く。
エネルギッシュな書とは対照的に、随筆には独特の丸みがある。「人生は二河白道。氷の河、火の河の間にある白い細い道を探して、よろよろとやっています」「描いても描いても、まだなんの表現もできていません」と。
墨、筆、紙に導かれた人生だった。壁にひるまず、枠にこだわらない。字も絵もそして生き方も。

 天声人語より
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お大師さんと一遍さん
一遍上人は時宗の開祖、弘法大師空海、お大師さんとともに四国が生んだ偉大な宗教家の一人である。「捨」は四無量心の一つである。慈・悲・喜・捨の四つの心の一つである。また般若心経でいう空である。それはまた無ともよばれ、縁起ともよばれる。それは現代社会の使い捨ての捨ではない。わたしたちに若さや美しさをもたらし、草や木に美しい花と匂いをもたらすものである。それは仏の命であり、いぶきであり、ナニアミダブツであり、返照金剛である。
 遊行上人と修行大師のお二人は「捨」を体得し、その中で遊戯し、大宇宙の慈悲をわがものとして、すべての人に温かく接していらっしゃる。
 ナミアミダブツの六字の名号について、一遍さんは「唯南無阿弥陀仏の六字の外に、わが心身なく、一切衆生にあまねくして、名号これ一遍なり」とおっしゃる。
 ここでいう一遍は一遍さんの一遍ではない。ナミアミダブツの六字の名号は、わたしたちの心身だけでなく、いきいきとしいけるもの、山河草木、吹く風立つ浪の音にいたるまで、ただ一つの名号であって、この大宇宙いっぱいにゆきわたる全一普遍のものであるというのである。これを真言の宗旨では返照金剛という。南無大師返照金剛と唱える時、全一普遍の一遍と自分とが融け合うように、自分も返照金剛、山も河も草も木も返照金剛、宇宙の中で返照金剛でないものはないということになる。これを大日の風光という。それは一即多。多即一という華厳の世界でもある。お遍路さんは楽しそうに「なあむだあいしへんじょうこんごう」と唱えながら四国の山野を巡る。
軽やかさと安からさ「なアムだアイシヘンジョウこンゴウ」にはリズムがある。のんびりした軽やかなリズムがある。四拍子のリズムがある。心の軽安の表れである。心が実に軽い。安らかである。ここにもお大師さんの宝号の喜びと一遍さんの名号の喜びとの共通性がある。

 50番繁多寺・小林隆盛
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東京・上野の国立科学博物館の一角で、長身の木が2本、寒空に枝を伸ばす。メタセコイアだ。
「生きている化石」とも呼ばれ、命名からちょうど80年の節目を迎える。
名付けたのは、京都帝国大学の三木茂博士。大量の植物の化石を分析し、それまで常緑のセコイアなどと思われてきたものの中に、未知の落葉樹を発見した。セコイアに「後の」というラテン語をつけた学名で発表した。太平洋戦争へ突き進んだ1941年のことだった。
科学博物館で開催中の企画展をのぞくと、博士愛用のリュックサックがあった。岐阜や和歌山など各地で化石が入った泥を採集しては背負った。「闇米を運んでいるのではと警察から呼び止められたこともあったそうです」と矢部淳研究主幹は話す。
当時の学界では、絶滅した植物と信じられていた。ところが三木博士の論文発表から5年後、中国の奥地で生きているメタセコイアが見つかった。現地の呼び名は「水杉」。米の専門家が種を譲り受けて日本に100本の苗木を贈った。戦中戦後の混乱期にも続いた日中米の研究者の助け合いが巳を結んだ。
筆者が通った愛知県内の高校にもメタセコイアがあった。4階建て校舎をしのぐ背丈。入学した日には輝く緑の葉に心が弾み、秋には目を射る褐色の葉に威厳を感じた。
科学博物館のメタセコイアは葉を落とし、まだまだ冬の装い。この物静かな哲学者のような木も、中国奥地で「再発見」された1本の子孫かと思いをはせた。

 天声人語より
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インターバル速歩、早歩きとゆっくりを交互にする。
インターバル速歩は、ややきつめの早歩きと、ゆっくりとした歩きを3分間ずつ交代に繰り返すというものだ。最初の3分間を歩いてみると体温の上昇を感じた。その後ゆっくり歩きをしていると、ふたたび早歩きしようという気持ちが起こってくる。交互に5セットしてみると、少し汗ばむように感じた。これを週4日以上繰り返すと、体力の向上などの効果が期待できるという。これなら無理なくできそうだ。
早歩きのやり方の基本はこうだ。まず背筋を伸ばす。25㍍ほど前の方を見ながら歩く。足を踏み出すときはできるだけ大股にして、かかとから着地する。ひじは直角に曲げて大きく振る。こうすると大股で歩きやすくなる。
早歩きのスピードも重要なポイントだ。歩いていて「ややきついな」と感じることが大切。5分ほどで息がはずみ、10分で汗ばみ、15分ですねに軽い痛みを感じる程度が目安だという。
1日30分まとまった時間がとれないときは、朝昼晩で10分ずつなど小分けしてもよい。週4日するのが難しいのであれば、1週間の早歩きの合計で1時間を確保できるよう、週末にまとめて取り組んでもかまわない。
早歩きは「体力」の向上が目的だ。

 元気にキレイにより
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10年前の6月、岩手県大船渡市三陸町の吉浜地区で、津波にえぐられた斜面から巨岩が現れた。
住民がバケツで洗うと「津波」の文字が。続けて「記」と「念」も。1933年の春の三陸大津波で加工から打ち上げられ、「津波記念石」と彫られた石だった。
重さ32㌧。「長く土中で忘れ去れていたのに、また姿を見せた。奇跡の石です」。地元公民館長の新沼秀人さんは話す。掘り出して台座に載せた。
昭和の津波の後、住民は職住分離に努めた。家々を高台へ移し、海の近くは田畑に。そのかいあって今回の津波では、残念ながら1人が行方不明になったものの、家屋被害も少なく、地区は「奇跡の集落」と呼ばれた。
これまで幾度も津波に襲われた漁村である。新沼さんと湾口をめぐった。1896年の犠牲者を悼む碑に「鳴呼惨哉海嘯」と刻まれている。ああなんと津波のむごいことか。赤く彩られた死者名の一つを指さして「私の曽祖父です」と新沼さん。
津波被災地の高台移転について、寺田寅彦に辛口の随想がある。「五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行く」。せっかくの災害記念碑もついには「山蔭の竹藪の中」に埋もれてしまうと予言した。
たしかに人間は忘れやすい生き物である。それでも子や孫、ひ孫、その先の世代まで伝えたい教訓はまちがいなくある。地区を守り抜いた人々の熱意の総量を思った。

 天声人語より
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ミャンマー、中国で
これが「愛国」か。「愛国者による統治」の下、香港の民主派排除をもくろむ。
思惑を超えて結束を。
流血のミャンマーが国連を問う。

 素粒子より
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「おれたちは国家に雇われている。大臣に雇われているわけじゃない」。
城山三郎さんの小説『官僚たちの夏』は高度成長期の旧通産官僚を描く。主人公の風越信吾は大臣が自室に来ても座ったまま迎え、堂々と論争した。
久々に読み直すと、風越は当時の官界でも目立つ存在だったらしい。それでも程度の差こそあれ、強烈な自負と熱意をもつ「国士」のような官僚たちが力を発揮できた時代の空気をありありと伝える。
行政学の研究によれば、次第に国土型に代わり「調整型」、さらには「吏員型」が増える。元財務官僚の田中秀明さんは著書『官僚たちの冬』で、そんな学説を踏まえ、いまはもはや「下請け型」だと嘆く。官僚から命じられ、強いられ、忖度し合う。
接待疑惑の渦中にあった内閣広報官が一転、辞職した。菅義偉首相の長男が勤める会社に、一夜で7万円もの和牛海鮮料理をふるまわれた。「職務を続けていく中で自らを改善した」。先週の国会でそう延べ、菅首相も擁護したばかりだった。
ご本人はもっと早く辞めたかったのではないか。内心を知るよしもないが、答弁に立つ足取りはひどく重たげに見えた。これは官界の新たな悲劇か。思えばこの数年、政治家の強弁に合わせ、省庁幹部が苦悩の表情で無理な答弁をする場面を幾度も見てきた。
本来、政界と官界は車の両輪たるべきだろう。いまは政と官の均衡が崩れ、官界に生気が感じられない。霞が関は冬を通り越し、氷河期に入ったように見える。

 天声人語より
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2週間
リバウンドをこう防ぐ。
具体的な根拠と対策の説明なき緊急事態延長。

素粒子より
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鳴り物入りの入試改革のはずが政治の迷走で見送りに。今年の大学受験生は大変な思いをした。
おまけにコロナにたたられたまま卒業へ。なぜ自分たちの学年だけこんな目に? 天を仰ぐ日もあっただろう。
〈教育は政治の言葉で曲げられる。帆のない船のような日本で〉。今年刊行された千葉聡さんの歌集『グラウンドを駆けるモーツァルト』にそんな1首があった。横浜市立桜ヶ丘高校の教諭でもある。「これほど我慢を強いられた学年はほかに知りません」。
ご多忙の極みと知りつつ、全国の高校3年生に捧げる歌を新たに詠んでいただいた。〈ロッカーと壁のすきまに捨てられた「記述問題対策ノート」。生徒たちは新試験に導入される記述式問題の対策に追われたが、土壇場で立ち消えとなる。翻弄された生徒の無念がにじむ〉。昨春はコロナでいきなり休校に。再開されたのは6月。〈六人がけテーブルに二人ずつ座りかつ丼の日も学食静か〉。行事はどれも簡略化された。〈声だしは×、拍手は〇 バレーボール大会決勝戦大拍手〉。
生徒たちのために何ができるか、悩みは尽きなかったと話す。〈白マスクの上の静かな目を見れば、なんとかしなきゃ、しなきゃ、と思う〉。歌集に収められたこの1首が全国の先生方の思いを代弁していよう。
この春、高校を卒業するのは100万人。勉強に部活、友情や恋愛でも思うにまかせなかった学年である。忍耐の日々にふさわしい輝きの前途を。そう願わずにはいられない。

 天声人語より
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五輪・パラ組織委
災い転じて福となす。
女性理事4割超に倍増。
「森時代」とは様変わりも半数に至らず。

素粒子より
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カレーを一口なめただけで、スパイスの種類や量をぴたりと言い当てられる人はいるだろうか。
「しょうがにニンニク、シナモン、クローブ---」。安房直子さんの童話『まほうをかけられた舌』の主人公、洋吉にならできる。
地下室に住むこびとが舌に木の葉を乗せ、呪文を唱えて魔法をかけた。このしたがあれば、高級レストランの自慢料理もたちどころに再現できる。すごい、私も欲しいと、幼いころ夢中で読んだ。
そんな記憶がよみがえったのは、昨春に新型コロナウイルスに感染したイタリアの友人から近況を聞いたからだ。「目を閉じて食べると、ピザかパスタかパンかわからない」。回復から8カ月たっても続く、嗅覚・味覚障害である。
彼女によると、コーヒーはガソリン、肉は金属のような味がするという。さらに、排泄物は良い香りに感じ、水道水は臭くてシャワーを浴びるのが嫌になるほどだとか。まるでウイルスが舌と鼻に呪いをかけたかのようだ。
英国などではコロナ後遺症のうち、若者や女性に目立つ傾向が報告されている。日本でも厚生労働省の研究班が調査を始めたが、原因や実態がはっきりしないのがもどかしい。呼吸困難や脱毛などと比べ、これくらいならと我慢している人はいないか。
味やにおいは、生活の質を左右する。食欲が失せたりガス漏れに気づかなかったりすれば、命にもかかわってくる。平凡な舌でも、また食事がおいしく楽しめる。そんな魔法のような治療法はできないだろうか。

 天声人語より
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緊急事態宣言
7日全面解除は目標であれ、目的ではない。
緩みは禁物だ、今度こそリバウンドを起こさないために。

 素粒子より
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戦前の知事は選挙のない官選で、ときの内閣が意のまま更迭できた。国が主であり、地方は従。
そんな考え方は知事公選となった戦後も温存された。変化をもたらしたのが2000年に施行された地方分権一括法である。
「政府と自治体は対等」という法の精神を学び直してはいかがか。そう思わせるのが自民党の竹下亘衆院議員だ。島根県の丸山達也知事が県内での聖火リレーの中止を検討すると表明した後、こう言った。「知事を呼んで注意をしなくてはいけない」。
竹下氏も島根選出だが、国政で長く権力者の座にあると知事を下に見てしまうのか。知事との会談ではリレー中止は「知事が決めるこっちゃねえだろう」と語ったそうだ。しかし今すべきは異論を真剣に聞くことではないか。
知事の懸念は聖火リレーが感染を拡大するということではない。「おおもとの五輪に問題がある」との主張である。感染対策が不十分のまま開催すれば、コロナが再拡大して首都圏に限らず島根の経済も打撃を被る。全国に通じる問題であろう。
世論調査では五輪の中止や再延期を求める声が多く、島根で翻った反旗の方がむしろ世論の大勢に近い。永田町霞が関から遠いゆえに物事を冷静に見られる面もあるかもしれない。
GoToが足かせになり、感染対策が後手に回った。誰もがワクチン接種を受けられるのはいつなのか、見通しが立たない。きのうは首相記者会見も見送られた。島根の知事ならずとも心配になる話が続いている。

 天声人語より
昨日の首相の記者会見は見送ってとうぜんだ。首都圏が解除にならないのだから。会見を開けば首都圏の人も一安心と緩んでしまうのを心配しているのだ。また会見を聞いていると同じような質問ばかりで、聞いている方もうんざりだ。記者同士で誰がどんな質問するのかを決められないのか。
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また後手か
首相の「期待」発言から5日。
山田内閣広報官が一転、辞職。
国民の信頼なき国民との接点。
機能しようがない。

素粒子より
野党にまたも人事をつぶされた。
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たき火、あるいは携帯コンロであっても、山で使う火には不思議な力がある。ほっとする暖かさがある。
早世した登山家、大島亮吉が文章を残している。「ひとりで山を歩くものにとって、焚火は最も無口で、いかも陽気な伴侶である」。
だから「心さびしいときは火を燃やせ、その陽気な顔をみつめよ」と。ほがらかさは、ときに恐ろしい力にもなる。栃木県足利市の両崖山で、21日から山火事が広がり続けている。ハイカーの火の不始末が原因ではないかという。
乾燥した空気が木々を燃えやすくし、地元で「赤木おろし」と呼ばれる強風が炎をあおった。日が民家の間近に迫り、避難勧告が相次ぐ。夜の闇に炎がゆらぐテレビの映像は不気味で、近くに住む人の不安を思う。
大きな山火事のニュースは米国や豪州など海外から届くことが多い。しかし日本でも過去には大惨事があった。1971年、広島県呉市の山火事で消防士18人が命を落とした。
顛末を記録した中澤昭著『なぜ、人のために命を賭けるのか」によると、火災は1週間のカラカラ天気の後に起きた。当時は火を追いかけ、叩いて消すやり方が中心で、消防士を危険にさらした。数々の苦い経験の上に現在の消火技術、消防活動があるのだろう。
それでも火災の本質的な恐ろしさは変わらない。ヘリコプターによる散水が続くが「最終的には消防隊員が水を背負って山に上がり、火だねを消して歩くしかない」と。アメはまだだろうか。

 天声人語より
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