2020年11月の記事


数字が重い現実を物語る。
462人。
コロナ重傷者が7日連続で過去最多となる。

素粒子より
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レスラーまがいの覆面をつけて、連戦連勝する力士「無敵」。
漫画家矢口高雄さんが銀行員時代に描いた第1作の主人公だ。漫画誌に投稿するもボツに。理由を尋ねると編集長は「絵が下手だから」。すっかり自信を失ったという。
奥羽山脈に抱かれた秋田県の旧西成村生まれ。釣りと漫画が大好きだった。中学卒業時、東京のブラシ工場への集団就職が内定したが、恩師が両親を説得してくれて高校へ。卒業して地元の銀行に職を得る。
辞表を出したのは30歳の春。幼い娘が2人いた。周囲の反対を押し切って上京、多摩川に近い部屋を借りて描き始めたが、不安は尽きない。「妻子を養えるか」「銀行に残ればよかった」。毛布にくるまって泣いたという。
訃報に接し、代表作『釣りキチ三平』を四十数年ぶりに読み直した。天衣無縫の少年が世界の川や海に挑む。さおのしなり、きらめく水面。どの絵にも心が通い、少しも古びていない。「マタギ』や『おらが村』では、東北の山村を舞台に厳しい自然を描いた。
「どんどん道草を食おう」「寄り道をしよう」。講演ではそう語りかけた。自身、学校帰りに虫を採り、野の草や実をかじった経験が財産になったという。「すぐ漫画家にならず、銀行に勤めたのもよかった」とも語った。
「雪深い秋田の農家に生まれ」。永田町あたりでそんな名乗りを聞いたばかりだが、矢口さんも正真正銘のその一人。ボツや挫折、不安をすべて肥やしにして、50年に及ぶ画業を豊かに結実させた。

 天声人語より
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胃潰瘍や動脈硬化などを防ぐ梅のパワー
梅干しは、昔から健康に良いというイメージが伝えられていますが、日本一の産地、和歌山県では最近、科学的な証拠が集まりつつあります。
「梅はその日の難逃れ」のことわざのように、梅干しを朝に食べると、病気などを免れると、昔の人は経験から伝えてきた。和歌山県立医大の宇都宮洋才准教授によると、梅の産地みなべ町などで聞き取り調査をしたら、「動脈硬化を防ぐ」「胃潰瘍になりにくい」「かぜをひかない」「疲れがとれる」など数え切れないほどの伝承があった。まるで「万能薬」だが、本当だろうか。
マウス実験では、梅エキスが動脈硬化を引き起こす血管の筋肉の肥大を防いでいることがわかった。
宇都宮准教授は梅に含まれるポリフェノールの一種「リグナン」に着目。胃潰瘍の原因となるピロリ菌の培養液の中にリグナンを加えたら、変形したりしてピロリ菌の働きが弱まった。
ピロリ菌の働きを半分に抑えるには、梅干し5個分相当のリグナンが必要だったが、「1、2個分でも効果はある」という。
また、インフルエンザウイルスが感染した培養細胞にリグナンを加えたら、ウイルスの増殖が抑制されることもわかった。
梅の有効成分はリグナンだけではない。近畿大生物工学部の三谷隆彦・元教授が見つけた別のポリフェノール「ヒドロキシ桂皮酸」にも、高血圧防止やウイルスの増殖を抑える効果があることが分かってきた。
ただ、数々の健康効果があるからといって、たくさん食べれば良いわけではない。梅干しには10%程度の食塩が含まれている。1個10㌘だと1㌘に上る。
厚生労働省が定める1日の塩分の摂取目標量は、成人男性9㌘未満、女性7.5㌘未満だ。
1日の食事全体で塩分を調節しなければいけない。梅干しは1日2個程度を目安に。増やす場合には他のメニューの塩分を抑える工夫が必要だ。
さて、観梅の季節。梅林の花の香りにも、梅パワーは秘められている。和歌山工業高等専門学校の奥野祥治准教授によると、香り成分のベンズアルデヒドに抗菌作用がある。梅干しにも同成分があり、「日の丸弁当が傷みにくい理由の一つではないか」とみている。

 元気のひけつより-----野中良祐
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政府が全世帯に配ったいわゆる「アベノマスク」と、思わぬところで再会した。
福島県立博物館の倉庫だ。収められていた白い箱には「新型コロナ感染症関係資料」の文字。博物館では2月末から身近な資料を収集してきた。
箱には、美術展中止の案内はがき、疫病よけの妖怪アマビエの新作だるま。地元の酒蔵が急きょ製造した消毒用アルコール入りの酒瓶もある。学芸員の筑波匡介さんは「人の証言は時間とともに変わっても、モノは変わりませんから」と話す。
きっかけの一つは、大正期に流行したスペイン風邪の体系立った資料がなかったこと。たった100年前なのに確かなことがわからない。東日本大震災以降、数々の「震災遺産」を集めてきた経験をコロナ禍にも生かした。
ただちにコロナ企画展を開く予定はない。「100年後、200年後、あるいはもっと先の人が分析できるように。いまは色々と残し億ことが必要です」。同じような取り組みはほかの博物館や大学でも進む。
実を言えば、筆者にも捨てられない1枚のチラシがある。春の緊急事態宣言のさなか、近所のスーパーが配ったものだ。「マスク着用」「少人数での来店」を呼びかける。いま見ても、あのころの店員さんたちの疲れ切った表情が浮かぶ。
「歴史とは明確にされた経験である」と米詩人ローウェルは記した。モノが鮮明に伝える時代の空気。わたしたちの経験は、1世紀、2世紀後のコロナ回願展でどう語られるのだろう。

 天声人語より
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般若心経とは
般若とはすばらしい知恵のこと。そして波羅密多とは六波羅密多、すなわち
自分よりも他人の救いを先にする「大乗の菩薩」という考え方による実践の
徳目です。
人間は生前の行いによって、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天という6つ
の世界に生まれ変わります。人間よりも下に落ちるのを救うためには、布施
、持戒、忍辱(にんにく)、精進、禅定、智慧という6つの修行をして、成
仏しなければなりません。
布施とは、僧にお経をあげてもらったときや寄付をする際に差し上げるお金
などの財物のことです。布施はお金に限りません。相手の不安をなくす、や
さしいまなざしや言葉などもあります。
持戒とは、戒を持つこと。これを十戒といい、具体的には十戒善を差します。
不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不綺語、不悪口、不両舌、不慳貪、不瞋
恚、不邪見。
忍辱とは、辛抱すること。
精進とは、一生懸命努力すること。
禅定とは、坐禅を組んでこころを落ち着けることです。
6つの修行をすると、智慧が出てきます。これが"般若"です。
仏様の場合、「智慧」と書きます。"知"の下の"日"は、宇宙の真理を指しま
す。
この6つのことを修行することを「六波羅密多行」といいます。こうするこ
とで自身が成仏する助けになります。
お仏壇に水、塗香(ずこう)=塗香(ずこう)は非常に細かい粒子のお香で、
塗香入(ずこうい)れに入れて用います。小麦粉にも似た触感があり、少量を
手に塗り、その香りを吸い、仏前で自らの心身を清めるために使用します。
花、線香、飯、ローソクの6品をお供えするのは、六波羅密多行を知らずに
亡くなったご先祖様に、6つの修行をすることで成仏できることを知らせる
ためです。
水は布施(感謝する気持ち)、塗香は持戒(よいことに励む)、花は忍辱
(怒りやすいこころを鎮める)、線香は精進(怠けごころをなくす)、飯は
禅定(こころを落ち着かせる)、ローソクは智慧(人間の悩めるこころを智
慧の光で明るくする)を表しています。これら6つをお供えすることを六種
供養といいます。お仏壇にお供えをして、お仏前でお経を唱えます。こうす
るこによってご先祖様が成仏できるのです。
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熊本県南部を流れる球磨川はアユの生息地として知られる。流育ちはき筋肉質で、体長30㌢超の「尺アユ」も珍しくない。
だが今年はまるで釣れない7月の豪雨で流されてしまったからだ。
「網にかかっても数匹、みな小さい。餌の藻やコケがやられ、残った魚も育ちようがありません」。そう話すのは矢代子坂本町の森下政孝さん。高齢化の進む地元に活気を取り戻そうと、3年前、アユ料理店「食処さかもとアユやな」を開いた。
夏と秋の限定で、住民が交代で切り盛りする。県外からもバスが次々に着き、昨季は念願の黒字化を果たす。ところが今年はコロナ禍で店を開けず、豪雨は店のテーブルまで押し流した。
ただ一つ、店に戻ってきた物がある。店名を大書したスギ材の看板だ。川から八代海へ押し出され、20㌔も先の天草の島に漂着した。流木回収中の島民が見つけ、翌月ほぼ無傷で再び店に。「コロナと水害のダブルパンチに参っていましたが、よしもう1回がんばろうと思いました」。
流域を歩くと、氾濫の跡はなお生々しい。川岸にショベルの音が響き、壁や床のない家々が心細げに立ちすくむ。さらにダム建設をめぐって賛否が対立する兆しもある。人名と清流をともに守り抜く治水の決め手はないものか。
訪れた日、川面は晩秋の陽光に輝いていた。奇跡の看板は畳半分ほどの大きさで、墨痕もそのまま。持ち上げると両手にズシリと重い。店の片隅に置かれ、人々がアユ料理に再び舌鼓を打つ日を待つ。

 天声人語より
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コロナ禍
「極めて重要な3週間」と国民に訴えるにしては---。
「5つの小」はいい。だがGoToトラベル見直しは東京は現状維持、感染拡大地からの出発もOKと。
「小粒」「小出し」で効果はありや。

素粒子より
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愛知県警を担当した記者に語り継がれる事件がある。
参院選で、みそ煮込みうどんなど計2万円相当を有権者にふるまったとしてある陣営が摘発された。東海地方で育った筆者にはなじみのご当地麺ゆえ、「みそ煮込みで選挙違反か」と驚いた。
もう10年も前の事件だ。当時の記事を見ると、うどん接待を受けたのは有権者13人で、1人当たり千数十円。逮捕された県議は議員バッジを返上し、罰金を収めた。
こちらは有権者1人当たりいったいいくらに相当するのか。安倍晋三前首相の後援会が「桜を見る会」前夜に開いた夕食の宴である。告発を受けた東京地検が秘書らを聴取した。
会場は高級ホテル内の「鶴の間」「鳳凰の間」「宴会場ギャラクシー」など。告発状の通りなら、800人ほどの後援会員らが各自数千円の値引きを受けていたことになる。計7年分を前首相側が肩代わりしたとすれば、かなりの額になろう。「一見の方とは違い信用できる客だったから」。前首相は国会で安値のわけを堂々と語った。
「うそをついても人は信じる。ただ権威をもって語れ」。皮肉屋として知られた文豪チェーホフの言葉である。辞任表明から3カ月、国会で疑惑を否定した前首相の声は耳に残る。
政治家が支援者をもてなして騒ぎに至った例は多々ある。カニ、メロン、似顔絵入りうちわ、肖像写真付きのワイン。閣僚辞任や議員辞職に追い込まれた人もいる。ことここに至れば、自身の言葉で真相を語っていただくほかあるまい。

 天声人語より
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コロナ対策
国は「知事の判断」、知事は「国の判断」と譲らぬか。
連携し、GoTo停止で国民の命を守るか。
後者に舵を。

素粒子より
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飛行場に近い公園に寝転び、頭上を行く機体のエンジン音を聞き比べる中学生2人。
つらく出口のない日常から飛び立つ日を夢見る。公開中の映画「滑走路」にそんな場面があった。
萩原慎一郎さんの歌集『滑走路』から生まれた映画である。〈非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている〉。働きにくく生きづらい社会を独特の感性で切り取り、将来を期待されながら、歌集刊行を待たずに32歳で早世した。
〈屑籠に入れられていし鞄があればすぐにわかりき僕のものだと〉本紙の歌壇に初めて登場したのは19歳のとき。中学高校で受けたいじめによる心の傷は深く、大学を出た後も不調に悩まされた。
非正規雇用を主題にすえた歌で共感を呼ぶ。〈夜明けとはぼくにとっては残酷だ。朝になったら下っ端だから〉。それでも、同じような境遇の人々に向けるまなざしはあくまで温かい。〈牛丼屋頑張っているきみがいてきみの頑張り時給以上だ〉。
歌集にご両親が寄せた文章によれば、学校でも職場でも悩み続けた彼にとって、詠むことは「生きる希望」そのものだった。〈抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ〉。社会のひずみを敏感に感じ取り、伸びやかな言葉をつむいだ。
きょうは勤労感謝の日。コロナの収束は見通せず、解雇や雇い止めの嵐が吹きやむ兆しもない。〈今日という日を懸命に生きてゆく蟻であっても僕であっても〉。残された295首の魂の叫びを胸に刻む。

 天声人語より
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絵本
700万部突破の報に感慨深く。
絵本「いないいないばあ」。
子や孫に何度読んだことだろう、笑顔が見たくて。

 素粒子より
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個人的には---。わざわざそう断ってから発言する人がやけに多いように感じる。
気のせいだろうか。「私はこう思う」と単に言えばいいのに、なぜかこの表現がよくつかわれる。
それなら今までの話は何だったのか。まさか何かの組織を代表していたわけでもあるまい。疑問に思って同僚に尋ねると、本来の意味とは違って「相手の気に障るかもしれないけどこれだけは言っておこう」といったときに使うという。
組織論が専門の同志社大学教授の太田肇さんは日本の企業などでの同調圧力の強さを指摘する。周囲と異なる意見を言うには圧力にたえる「逃げ道」が必要で、それが「個人的には」といった表現になっているのではないかと。
「日本の組織には私より公を優先する暗黙の前提がありますから」。ただ、前置きの後に本音を語れるような場合はまだましなのかもしれない。「最悪なのは本音が語られず、建前だけの組織です」と太田さん。
「私の個人的意見は反対でありました」。日本が戦争に向かった経緯について、A級戦犯が東京裁判で語った言葉を政治学者の丸山真男が書き残している。自らの考えを「私情」と排し、ひたすら周囲に従うのをモラルとするような指導者の言動を丸山は「既成事実への屈服」だと喝破した。
豊かで平和な社会は異論によって形成される。正直言ってあまり好きではない言葉だけど、そう前置きするだけで言いたいことが言えるのならば、もっと使われてもいいと思う。個人的には。

 天声人語より
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GoToトラベル
さんざん「GoToトラベル」と煽っておいて、「我慢の3連休と言われてもなぁ。
どう響く、観光地の「密」。

素粒子より
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世の中には変わった師匠がいるものでる。
「あくび指南所」の看板を掲げて稽古をつけてやろうというのが、落語の「あくび指南」である。秋は月を見ながら、冬は炬燵でむと四季折々のあくびがあるが、入門編は夏の船中のあくびだ。
体をゆすって船の気分を出し「おい、船頭さん、船を上手のほうへやってくんな」など台詞も決まっている。「船もいいが、一日乗っていると、退屈で---退屈で---」とここであくび。入門者は無理に出そうとするが、うまくいかない。
話は、このところの政治家たちの「会食指南」である。あくび指南ほどばかばかしいとは言わないが、菅首相の「静かなマスク会食」にしろ、小池東京都知事の「5つの小」にしろ、問題の大きさに比べて、ちんまりした話だ。
きのうは田村厚生労働相が、飲食用のフェースシールドなるものの使い方をテレビカメラの前で実演していた。政治家たちは何かメッセージを発しているつもりなのだろうが、医療の専門家たちの危機感とは隔たりがある。
東京都医師会が緊急記者会見で、「GoToトラベルの一時中断を」と求めていた。今のまま放っておくと、必ず医療崩壊につながるという。経済との両立というと聞こえはいいが、感染防止の努力をGoToが打ち消しているのが現状か。ここで事業を見直せば、よほど意味のあるメッセージになる。
政治家たちが会食指南に終始するなら、この人たちに任せていて大丈夫だろうかと---あくびではなく、ため息が出る。

 天声人語より
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物忘れをすれば新しいものが入りやすくなる。
集めた情報で身の回りを固めていると、人間は干からびていく。情報はどんどん捨てる方がいい。
といっても人の記憶はままならない。「覚えようとするものは忘れがちなものだが、忘れようとするものはなかなか忘れられない」。自分の記憶ですらこうだから、人様の記憶などおよそ思い通りにいかないと考えるのが普通だろう。
ところが最近、「忘れられる権利」が話題になる。自分に関する不都合な情報をネット上から消させる権利、つまりは人様に忘れてもらう権利だ。欧州では、以前のトラブルについて新聞記事がずっとネットに残り、不利益を被った人が訴えて、5月に検索結果の削除が認められた。
日本でも似た争いがある。自分の名前を検索すると犯罪に関わっているかのような結果が出て、生活が脅かされている。そんな申し立てに東京地裁は先日、人格権の侵害を認め、削除を命じた。検索最大手のグーグルが、この命令に従うと表明した意味は大きい。
仮想世界を漂う「記憶」は時に凶器になる。その適切な取り扱い方を確立すべく、試行錯誤が続く。

 天声人語より
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SF作家小松左京の『明日泥棒』に、奇っ怪な日本語をしゃべる宇宙人がで出てくる。
ゴエモンと名乗るこの人物は、様々な話し言葉を大急ぎで棒暗記したとのことで、登場からこうだ。「コンツワ! けっこうなお天気でありおり侍り」。
上は洋服で下はハカマという珍妙な格好も、彼なりに日本を研究した結果だ。郷に入れば合に従えと言おうとして「汝らの国の諺に、ゴーにいればストップにしたがえと---」。実は恐るべき超能力の持ち主なのだが。
ゴエモンほどでないにしろ、英語話者から見れば奇っ怪な言葉が我が国に氾濫しているようだ。改善を求めて通訳や研究者が「日本の英語を考える会」を発足させた。そのウェブサイトを見ると「GoToトラベル」がやり玉にあがる。
toの後に来るべきは、京都や学校といった目的地を表す名詞だからだ。ウィズコロナやハローワークなど和製英語は世に多く、必要な情報が外国人に伝わらない恐れがあるという。変な英語もご愛敬と言ってはいられないか。
カタカナ語でもう一つ気になるのは、悪い印象を薄める意図をときに感じることだ。国民総背番号がいつしかマイナンバーになり、感染爆発でいいのにオーバーシュートと言う。行政発の新語にはとくに用心したい。
いまカタカナで人々を煙に巻くとしたら---。え-、コロナとエコノミーの問題に関しては、GoToイートとマスクをコラボさせることによりソリューションを見つけたい、かように考えます。

 天声人語より
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劇中劇は、物語に彩りを添える。
ケストナーの児童文学『飛ぶ教室』では、ドイツの寄宿舎の少年たちが創作劇の稽古をする。クラス全員が飛行機に乗って世界を回り、現地で授業をするという楽し気な劇である。
あるときはイタリアのヴェスヴィ火山に飛び、燃え立つ炎をながめながら、噴火で滅んだ古代文明を学ぶ。またあるときはエジプトのピラミッドに降り立ち、ミイラに出合う。学校でクリスマスに上演し、みなを喜ばせた。
私たちの季節の物語も冬へと向かわせていたはずが、ここ数日は劇中劇を思わせるような陽気が続いている。〈挿話めく小春日和と云うがあり〉相生垣瓜人。いつもより長くて心地よい挿話を置いてくれたのは、どなたかのおもいやりか。
信州小諸での暮らしを綴った『千曲川のスケッチ』で、島崎藤村は小春を愛おしんでいる。「いくら山の上でも、一息に冬の底へ沈んではしまわない」。秋から冬になる頃の小春日和は「この地方での最も忘れ難い、最も心地の好い時の一つである」。
きのうは富山や鳥取などで、季節外れの夏日となった。「小夏日和」とでも言いたくなる日差しのなかを歩けば、当たり前ながら木々は確実に冬に向かっている。街路樹の葉が風で落とされ、丸裸に。サザンカの赤い花も、いつも通りの美しさである。
日本気象協会によると、今年の冬の特徴は、いつもよりゆっくり寒くなることだという。不安になるニュースが多いなか、少しだけ心が落ち着く知らせである。

 天声人語より
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体の「老化」と心の「老い」は別物
男女とも平均寿命は80歳を超えました。高齢化社会で問題になるのが、「平均寿命」と「自分で自分のことができる健康寿命」との差です。男性ではほぼ9年、女性では13年近く介護を受けたり、あるいは寝たきりで過ごしたりしています。この期間をいかに短くするかが、医療従事者の課題です。
一概に「老い」といっても、生物学的な「老化」と、人間的な「老い」は別物です。人間として抗しきれない老化の中で、いかに生命の意味を見いだしていくか。「土の器」とも例えられるもろい人間の身体は、ひび割れたり壊れたりもします。それでも私たちは与えられた時間の中で、その器に何を入れていくか、模索し続けるのです。
もし社会が老人を疎んじ、ポンコツ車のように見下すなら、それは真の文明社会とはいえません。必要なのは、社会がもっと交わりの中に高齢者を入れ、温かい心で包み込み、高齢者に「役割」を与えることです。私が日ごろから平和の重要性を語るのは、高齢者が居場所を得て輝くためには、社会がまず、平和であることが前提となるからです。
若い世代を含め、一人ひとりが参与しなければ、本当の健康社会は日本に実現されない。

 私の証あるがまゝ行く----日野原先生
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ローマ帝国の皇帝のなかには民衆の機嫌を取るために娯楽の提供に励む者たちがいた。
それを象徴する言葉が「パンとサーカス」である。サーカスとは曲芸ではなく、戦車競走で用いられた楕円形のコースを指すのだと、西洋史家本村凌二さんの著書に敎わった。
馬に引かれた戦車が疾走するレースを観衆が楽しんだというから、一種のスポーツ医編とであろう。統治のため「サーカス」が重視されるのはいつの時代も変わらないようだ。東京五輪をめぐる朝刊記事を読んで思った。
「五輪は最大の政権浮揚策」との認識が政府・与党に広がっているという。来年夏の五輪・パラリンピックの後、それを菅政権の成果として衆院を解散すれば、選挙に勝ち、政権を長期化できるというもくろみである。
来日している国際オリンピック委員会のバッハ会長に対し、菅首相は「大会を実現する決意だ」と語った。「人類がウイルスに打ち勝った証し」にするという。しかし世界を見渡すと、打ち勝つという言葉がむなしく思えてくる。
米国では感染者数が1日10万人を超え、欧州も再度のロックダウンである。それでも開発中のワクチンを頼りに五輪を開き、海外からの観客を招くつもりだという。しかし忘れてはいけない。欧州では夏季休暇で多くの人が国境を越えた後で、感染が拡大した。
「パンとサーカス」のパンは日々の暮らしを支える。無理なサーカスで医療崩壊を招くようなことがあれば、暮らしそのものが危うくなる。

 天声人語より
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コロナ
「5つの小」と「マスク会食」。
要するに「あとは自己責任で」と突き放すわけだ。

素粒子より
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木の葉の色づきにも順番があって、毎日街路樹を眺めていると、紅葉のリレーのようだ。
サクラの葉が散ったと思うと、ハナミズキの葉がワインレッドに染まっている。その木も寂しくなった今はイチョウの黄色に目を奪われる。
絵のように美しい。口をついて出てくる紋切り型の表現に真理がある。画家たちが切り取りそうな、そんな一瞬を目にした幸福である。東山魁夷が画集に添えた文で、晴れた日の紅葉の鮮やかさを述べたあとに、こう続けていた。
「しかし、ある時の旅で私は少し薄曇りの空の下に、紅葉の山の一つ一つの樹相が、落着いた赤さで、静かに息づいている情景に心を打たれた」。そうして描いた「秋翳」はほの暗さのなかに輝きがある。こんな風景にいつか出会うことができれば。
気がつくともう晩秋で、おとといは東京でも木枯らし1号が吹いた。舞い落ちていく葉を見ていると、寂しげなのに、どこか楽しげでもある。その上を歩くとサクサクという秋の音がする。
フランスの詩人ルミ・ド・グールモンに、恋人に呼びかける連作がある。「落葉」と題した一遍は、〈シモオン、木の葉の地った森へ行かう〉と始まる。そして〈シモオン、お前は好きか、落葉ふむ足音を?〉の言葉を何度も繰り返す。
〈夕べ、落葉のすがたはさびしい/風に吹き散らされる時葉はやさしく叫ぶ!〉。ひとりで歩くのも、誰かと歩くのもいい。朝に冬を感じ、昼に暖かさを楽しむ。そんな贅沢な季節である。

 天声人語より
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コロナ
やっぱり来た、冬コロナ。
「我慢の3連休」と「GoTo」は、まだ両立するのか。

素粒子より
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福井地方の古い方言で「めっちゃ」は、あばた、おできを指す。
天然痘が猛威をふるった江戸後期には、患者の顔に残る病気の跡もそう呼ばれた。そのころ、「めっちゃ医師」とさげすまれたのは地元の町医、笠原良策である。
天然痘ワクチンの普及に尽くしたその生涯は、吉村昭さんの小説『雪の花』に詳しい。「当時は藩医らも牛痘由来のワクチンが理解できない。西洋かぶれの怪しい医術といった中傷を浴び、笠原はくよくよと気に病みました」。そう話すのは福井県文書館の柳沢芙美子さん。笠原の書簡を読み込んできた。
念願の牛痘苗を京都で手に入れるが、笠原には福井へ運ぶ手立てがない。欠航したのは、幼児に接種してきだした膿を別の幼児へ植え継ぎながら運ぶ方法。いわばワクチンの駅伝である。雇った親子十数人と雪嵐の峠を越えた。1849年冬のことだ。
その後も接種は広まらず、莫大な借財を抱える。「理解されたのは3年後の大流行から。わが子の命を救えると親たちが確信した後です」。藩が腰を上げ、種痘所の本格運営に乗り出す。
笠原たちはワクチンに「白神」の字を当てた。発音の近さもあるが、威力を神のように感じたのだろう。世界がワクチンの完成を待つコロナの時代、白神の当て字は少しも大げさに思えない。
福井平野を一望する足羽山に登った。山頂に立つ笠原の顕彰碑には「疫鬼を駆逐し、嬰児を育て」とある。笠原の名が公衆衛生の先駆者として刻まれていることに安堵した。

 天声人語より
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学生の内定率が急落
一方で、株価は29年ぶりの高値。
何だか間尺に合わぬような。

いま確かなことは、交付金20億円の存在だけ。
「核のごみ」で初の文献調査始まる。

素粒子より
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核兵器依存の不合理。
ここで必要な選択は核軍縮、そして廃絶である。
オバマ前大統領が求め、挫折した。核兵器先制使用の放棄はその第一歩に過ぎない。実現できない理想と一蹴される可能性の高いこの選択こそが功利的である。そういう時代に私たちは生きている。
 だが、核戦略は国家機密に包まれており、事実を知ることも容易ではない。ペリーが核廃絶を訴えるのは国防長官を辞してから約10年後のことだった。ベトナム戦争の機密をリークして訴追されたエルズバーぐも、ケネディ政権の核戦争計画を暴露したのは実務を離れずずっと後のことだった。
 その結果として、核兵器の使用が実際に検討されてする現実は国民の目から隠され続けた。たほうでは、核保有と核抑止のために平和がもたらされているという虚偽を現実として言いくるめるプロパガンダが繰り広げられてきた。
 実務を経験した者が一般の国民よりも核戦争を恐れる状況は倒錯しているというほかはない。核軍縮の展望を開くためにも、国民の安全を左右する情報を政府に独占させず、情報公開を求め続ける必要があるだろう。

 時事小言より---藤原帰一
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米の大統領選
赤と青の地図に思う。
これがお国柄とはいえ、全米の得票数で決めれば簡単なのに。

素粒子より
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〈浪速津に咲くやこの花冬ごもり いまは春べと咲くやこの花〉。
大阪市の浪速区と此花区の名は古今和歌集にある1首に由来する。大阪都構想の開票結果を見れば、浪速区は賛成が多く、此花区は反対が多数。
わずか1万7千票差の接戦である。それぞれに歴史を持つ24の区名はからくも残ることになった。大阪都「抗争」とも呼ばれた5年ぶり2度目の住民投票が終わった。
歴史をひもとけば、大阪都構想は88年前にもあった。パリに次ぐ世界6位の人口を擁して「大大阪」と呼ばれた商都が、人口や面積で東京市に抜かれた1932年のことだ。大阪市域を知事の権限が及ばぬ大阪都とし、残りの地域を浪速県と呼ぶ案だった。
「府市が対立し、つまらない競争で無駄な費用を使う」「東京市に置き去りをくっては250万市民に相済まぬ」。地元は熱くなったが、政府は冷ややかだった。東京市が先に都制に移り、大戦末期に構想は立ち消えとなる。
今回の結果を見ると、大阪を再び東京に比肩する街にしたいという願いが浮かぶ。有権者の意見が割れたのは、それを実現する道筋として都構想しかないのか否か。市を廃止する巨大な賭けに不安を感じる人がわずかに多かったようである。
政治も経済も文化も東京を向くいまの一極集中は国のありようとして健全とは言えまい。大阪都の夢は東京肥大化への警鐘のように響いた。いまから88年後の来世紀初めには大大阪や大福岡、大名古屋が活況を競う国でありたい。

 天声人語より
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米の大統領選の行方は
歴史的な高さの投票率での大接戦。
米国社会の分断と民主主義の底力を同時に見る。
トランプ氏の「勝利宣言」は想定内。
法廷闘争も視野に最高裁判事を決めてたしね。

 素粒子より
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強盗、船員、溶接工----。下積みの20代、
ショーン・コネリーさんは演劇やドラマのオーディションに幾度も挑んだが、端役しかありつけない。多くはセリフもない。スコットランドなまりが抜けなかったからだ。
英エディンバラ近郊の工場労働者の家で育った。勉強が嫌いで、13歳で学校をやめてしまう。牛乳配達、印刷工、れんが工、ジャガイモ運び、美術学校の絵のモデルなど数え切れぬほど職をへて、俳優の道を志す。
脚光を浴びたのは30代に入ってから。ライバル200人を押しのけ、スパイ映画「007」第1作の主役を勝ちとる。原作の小説では上流階級の英語を話す優雅で洗練されたスパイのはずだったが、彼本来の武骨さが映画では役にぴったりとはまった。「007は二度死ぬ」など7作で主演した。
不動の名声を得たジェームス・ボンド役だが、当人はその座に安住しようとはしなかった。嫌いな自作を問われると、「すべての007シリーズです」と答える。40代後半に出演した他の映画では、薄くなった頭髪や白いヒゲを隠さず、素顔を見せた。
訃報に接して、70歳で公開された出演映画「小説家を見つけたら」を見直してみる。筆を折った厭世的な小説家という役どころ。セリフは長く、陰影に富み、肩から力の抜けた演技がやさしい。
まったくの私見ながら、ボンドを卒業した後に役者として開眼した人ではなかったか。老いもなまりも隠さず、若く貧しかった日々に培ったものをみごとに結実させた。

 天声人語より
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米の大統領選の行方は
はてさて、勝敗はいつ決まるか。
世界の行く末を左右する。
開票が進む。

素粒子より
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めざす灯台は、日本海に浮かぶ小さな岩のいただきにちょこっと立っていた
新潟県糸魚川市の能生港灯台。橋の赤、海の青、松の緑を背に、塔の白さがまぶしい。
いったん国から廃止の候補とされたが、地元に惜しむ声がやまず、3年前、市が買い取って残した。「もともと地元の旧能生町が漁師のために建てた灯台。何があっても守ってやるという気持ちで、海上保安庁と交渉しました」。上越漁協組合長の磯谷光一さんは話す。
海の安全標識として欠かせなかった灯台だが、GPS装置が普及して、小さな漁船でも灯火に頼らず航行できるように。それでも漁師にとっては格別な存在という。「沖から灯台のあかりが見えると、ぶじ帰れた、よかったよかったと帰港を実感できる。海に生きる者には心のよりどころです」。
海上保安庁によると、全国に灯台は3千余り。この10年で129基が廃止された。数は少ないものの、高知県や石川県などでも灯台が観光資源として生き残っている。
単なる海の標識と言ってしまえば身もふたもないが、おそらく灯台には人々を引き付ける独特の魅力があるのだろう。荒波に打たれる姿は孤高の美を思わせ、夜通し働くさまは芯の強さを感じる。なんとはなしに擬人化したくなる。
きょうは年に1度の灯台記念日。初の洋式灯台である神奈川県の「観音崎灯台」が明治丸年の11月1日に起工したことにちなむ。潮風を浴びつつ灯台を眺めていると、この世の憂さをいっとき忘れる。

 天声人語より
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物忘れをすれば新しいものが入りやすくなる。
集めた情報で身の回りを固めていると、人間は干からびていく。情報はどんどん捨てる方がいい。
といっても人の記憶はままならない。「覚えようとするものは忘れがちなものだが、忘れようとするものはなかなか忘れられない」。自分の記憶ですらこうだから、人様の記憶などおよそ思い通りにいかないと考えるのが普通だろう。
ところが最近、「忘れられる権利」が話題になる。自分に関する不都合な情報をネット上から消させる権利、つまりは人様に忘れてもらう権利だ。欧州では、以前のトラブルについて新聞記事がずっとネットに残り、不利益を被った人が訴えて、5月に検索結果の削除が認められた。
日本でも似た争いがある。自分の名前を検索すると犯罪に関わっているかのような結果が出て、生活が脅かされている。そんな申し立てに東京地裁は先日、人格権の侵害を認め、削除を命じた。検索最大手のグーグルが、この命令に従うと表明した意味は大きい。
仮想世界を漂う「記憶」は時に凶器になる。その適切な取り扱い方を確立すべく、試行錯誤が続く。

 天声人語より
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ドイツの食事というと、ソーセージとジャガイモくらいしか思い浮かばないのは当方の発想の貧しさであろう。
それはさておき、ソーセージを使った慣用句はドイツ語に多いようだ。在日ドイツ大使館がウエブサイトで紹介している。
「それはソーセージだよ」との言い回しがあり「そんなことどうでもいい」の意味だという。あまりにありふれているからだろうが、大事な食べ物でもある。「ソーセージが問題だ」と言えば「今が正念場だ」「重要だ」となる。
そのドイツで、外食ではソーセージも食べられなくなるというから、たしかに正念場だ。新型コロナの感染拡大を食い止めようと、1カ月間、持ち帰りをのぞいて全ての飲食店を閉鎖するという。
ドイツに限らず欧州はいま、感染第2波の中にある。夏季休暇シーズンに移動制限を緩めたことが響いたか。フランスは全土に外出禁止令を出し、イタリアも飲食店の営業を制限した。感染を抑えた上でクリスマスを迎えたいようだ゛が、思惑通りにいくかどうか。
それにしても彼我のこの差はどう考えたらいいのだろう。日本はGoToトラベルやイートの真っ最中である。東アジアで被害が比較的小さい理由は生活習慣説から遺伝子説まで色々言われるが、証明されてはいない。油断はできない。
欧州のレストランには屋外のテラス席がよくあり、気分も換気もよさそうだ。今は肌寒い季節を迎え、使いにくくなっているか。事態が他より少し早く進んでいるだけかもしれない。

 天声人語より
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都構想頓挫
政治主導の統治改革が再び挫折。
住民要望が起点ではなかった大阪都構想が終わる。
論争10年。
投票2度。
巨額の税金も投入。
で、喧喧囂囂の果てに「維新の夢の跡」。

素粒子より
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沖縄で米兵の犯罪が起きるたび、思い起こす小説がある。大城立裕さんの『カクテル・パーティー』だ。
主人公の男性は、米軍住宅での親善パーティーに招かれる。帰宅したその夜、自分の娘が米兵にレイプされたことを知る。
犯罪を明らかにしたいと親しい米国人に協力を求めるが、冷たく断られる。八方塞がりになりながらも主人公は言う。「私が告発しようとしているのは----一人のアメリカ人の罪でなく、カクテル・パーティーそのものなのです」。
パーティーとは選択の余地なく米軍と付き合う日常のことだろう。戦時下の日本軍による中国への加害にも触れつつ、占領者の意識をえぐった。50年以上前の作品がいまも迫ってくるのは問題が何も解決していないからである。沖縄文学を牽引してきた大城さんが95歳の生涯を閉じた。
沖縄の歴史や伝統文化にも材を取り、多くの小説や戯曲を書いた。そしてときには火のような言葉を発した。明治期の琉球処分は日本が沖縄を軍事植民地として引き入れてものであり、「辺野古への基地押しつけは、琉球処分の総仕上げだ」。
基地問題を正面に据えた小説『普天間よ』では、日米の政府のやり方を「朝三暮四」に例えた。普天間基地をなくす代わりに新たな基地をつくるというのは、口先で猿をだますようなものだと。静かな筆致のなかに怒りがある。
基地の押しつけに伴う欺瞞的なパーティーが、沖縄では今も続いている。残された作品が教えてくれる。

 天声人語より
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スマホの通信量節約、無線LANの活用を
携帯電話の通信費が政府レベルで問題になるこのごろ。長男が驚くようなことを言った。「すまをほ家でWi-Fiにつないでいない友達、けっこう多いと」。
動画や音楽のストリーミングなど、スマートフォンで人気のサービスの多くは、大量のデータ通信を必要とする。例えば国内最大規模の動画サービスdTVの場合、4段階中2番目によい画質を選ぶと、1時間ドラマを12話見たら約7?バイトの通信料になる。スマホの1カ月の通信料の一般的な上限だ。このためdТVやアマゾン・プライム・ビデオなどでは、作品を事前にスマホにダウンロードし、出先では通信をほとんど使わず視聴できる機能を備えている。その前提となるのが、家庭に無線LANがあることだ。
だが総務省の通信利用動向調査によれば、2014年末のブロードバンド回線接続世帯の無線LAN利用率は73.7%、これがスマホ保有世帯では68.9%に下がる。また家庭に無線LANがあっても、家族全員がスマホを接続しているとは限らない。「自分の家族はスマホで無線LANの設定をしない。携帯電話の通信量上限も知らないらしく、『スマホが遅くなる』と言っている」と嘆く人もいる。パソコンと違い、スマホは家庭内回線なしでネットに接続できてしまうためだろう。だがそれでは、スマホの通信量は天井知らずになる。
スマホの無線LAN接続は難しくない。
すでに無線LANルーター(親機)がある場合は、スマホの設定画面で「Wi-Fi」の項目をタッチすると、SSIDと呼ばれる親機の識別記号が表示されるので、それを選んでパスワードを入力する。SSIDとパスワードは親機のマニュアルなどに書いてある。これだけで家の中でスマホが通信し放題だ。無線LANがなくても、家にネット回線があれば、無線LAN親機を購入して回線に接続、同様の操作をすればいい。3~4部屋以上の家庭なら、1万数千円の高性能のものがよい。「11ac」という最新の高速通信規格に対応した製品がおすすめだ。
スマホの通信費の高さや通信料がすぐに上限に達することが問題になるが、無線LANを使っていないことが、その隠れた原因の一つかもしれない。この際、家族が自宅でスマホを無線LANに接続しているか、点検してみてはいかがだろうか。

 ネット点描より
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息のつまるような戦時下で、その貸本屋は一種のオアシスだったのだろう。
太平洋戦争末期の1945年、鎌倉にすむ文士たちが蔵書を持ち寄り「鎌倉文庫」という店を開いた。作品発表の場を失った彼らが何とか収入の道を探ったものだが、初日から繫盛した。
高見順や久米正雄らが交代で店番をしたというから、まさに手作りの本屋である。映画も演劇も思うように見られなくなり雑誌も手に入りにくくなっていた時代。娯楽小説や詩歌、歴史物などに人々は飛びついた。
客層は、勤労動員の学生や生徒が一番多かったという。時代の閉塞ぶりは戦時下と比べるべくもないが、コロナ下でも本に親しむ若い人がじわりと増えたらしい。
全国の17~19歳を対象にした日本財団の意識調査で、「コロナ禍の影響で読書量が増えた」との答えが24.9%にのぼった。外出自粛など日々の暮らしへの縛りが、本離れに少し歯止めをかけたのか。
考えてみれば閉塞感と読書はもともと、友達のようなものかもしれない。思うにまかせない日常から本の世界へ逃げ出す。その先には様々な人生があり、自分の悩みのちっぽけさに気づく。行ったことのない外国をのぞき、いまとは違う時代で遊ぶ。
逃亡先としてはSFもおすすめだ。久しぶりに手にしたフィリップス・K・ディックの作品では、心がざわつくような未来に引き込まれた。現実にすぐに戻れなくなるのが難点か。読書週間は始まったばかりだ。

 天声人語より
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