「朝7時前にノーベル賞の事務局から電話。仰天しました。だっていま米国は好かれていない国だし、私、白人だから」。
ノーベル文学賞に輝いた米詩人ルイーズ・グリュックさんの受賞の弁を米紙で読んだ。語り口は軽快である。
「取材は嫌いだけど社交的ほう。世捨て人じぁありません」ボストン郊外、自宅前に集まった記者団の取材に応じた。「コロナが起きるまで、週に6回は友だちと夕食を楽しんでました」。
私ごとを書けば、記者として米国に駐在したが、恥ずかしながらグリュックさんの詩集を開いたことはなかった。受賞の報に接し、あわてて探したが、邦訳は刊行されていないようだ。米文芸団体のサイトで代表作を読んだ。
〈空気の匂いをかいでみて。聞こえたのは母の声、それとも風が木々をと降り過ぎた音〉。「過去」と題する詩の一節だ。少女時代、母との確執に悩んだという。「ギリシャ神話を読みふけることで救われた。それから半世紀、たとえば女神ペルセポネはいまも詩で取り上げます」。
「野生のアヤメ」は〈苦しみの果てに扉があった〉と始まる。「10月」は〈私たちは種をまかなかったか。私たちは地球に必要なのではなかったか〉と問いかける。何かを声高に訴えることはしない。身近な物を題材に別離や孤独を描き、深い詩境へ導く。
『アキレスの勝利』『誠実で清らかな夜』多くの詩集がある。今回は詩心乏しい拙訳でお目を汚したが、専門の方による訳詩集の刊行が待ち遠しい。

 天声人語より