2020年08月の記事


首相の座
国会議員ならだれもが夢見る首相の椅子。
だが、胸に手を当てて自身に問うてほしい。
コロナ禍、少子高齢化、経済・財政危機。
委縮する同盟国・米国と台頭する中国。
難問山積みの日本の舵を取る準備と器量が自分にあるか、と。
そして7年8カ月の安倍政治が顧みなかった国民との対話の回路をいかに結び直し、信頼関係を取り戻すか。
その責任を自らが果たしうるか。

素粒子より
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出場しようにもコートへ立ち入りを認めてくれない。ツアーに参加できてもホテルから宿泊を断られる。
長らく白人一色だった米テニス界に挑んだアルシア・ギブソン選手は幾度も泣く思いをしてきた。
1950年、白人の著名選手の後押しもあった、黒人女性として初の全米選手権出場を果たす。その後、英ウィンブルドン連覇など偉業を達成した。今日のテニス界で多様な選手がプレーできるのは、彼女が道を切りひらいたからである。
「私はアスリートである前に、一人の黒人の女性です」。大坂なおみ選手が出場中の大会の棄権を表明した。再び起きた白人警官による黒人男性暴行に抗議するボイコット。「白人が多い競技で議論を始めることができれば、正しい道へのステップになる」と訴えた。
発端は、今回の銃撃現場に近い都市を拠点とするバスケットボールチームが棄権したことだった。「試合を見るより大事なことがあると気づいてほしい」。憤りの波は大リーグへも広がった。
試合に出ることで稼ぎを得てきたプロ選手が、それぞれの生業の場を犠牲にして、抗議の声を上げる。いつまでもやまぬ黒人差別が、アスリートを前代未聞の行動に追い込んだのだろう。
「最大の悲劇は善人による沈黙だ」。大坂選手のライバル、コリ・ガウフ選手の渾身の演説を思い出す。6月の抗議集会で、故キング牧師の言葉を引いて訴えた。問われるのは、長く沈黙を決め込んできた世の多くの善人たちの姿勢である。

 天声人語より
大坂選手は、大会側が27日の試合を全て1日延期する措置をとったことで出場するように翻意した。
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高カカオチョコで腸内の善玉菌を増やし 便通改善
カカオ分70%以上の高カカオチョコレートを店頭で見かけませんか。ちょこっとでも腸の調子を整えることが分かってきました。
チョコの成分で有名なのはカカオポリフェノール。認知症の予防や動脈硬化のリスク軽減などの効果があることが、2014年から愛知県蒲郡市で行われた市民347人を対象にした健康調査でわかった。一方、この調査で「便通が改善した」という声も聞かれた。ポリフェノールでは説明できない結果だった。
「カカオたんぱく質が関わっているのでは」と帝京大の古賀准教授は考えた。古賀さんは機能性が未解決だったカカオたんぱく質の抽出・分離に初めて成功。大豆や牛乳のたんぱく質と比べて消化されにくく、大腸まで届くことを明らかにしていた。大腸には500兆個以上の腸内細菌がすみ、食物繊維などを餌に腸内環境を整えている。
菓子メーカーの明治と共同で、便秘気味の女性31人を2群に分け、カカオ分72%の高カカオチョコと、カカオたんぱく質を含まないホワイトチョコを、それぞれ毎日25㌘、2週間食べてもらった。
すると、ホワイトチョコの群は変化はあまりなかったが、高カカオチョコの群は排便回数が週2.8回から4.9回に、1回の排便量も2倍以上増加。便秘解消が裏付けられた。「結果にびっくり」と古賀さん。女性たちの腸内細菌を調べると、「フィーカリバクテリウム」が約2.5倍増えていた。この菌はあまり知られていないがビフィズス菌、乳酸菌と同様に善玉菌だ。
この菌から作られる酪酸は大腸の粘膜を刺激し、便通改善の効果がある。古賀さんは「カカオたんぱく質が善玉菌の餌になり、腸内環境が改善した」と話す。
厚生労働省の13年の調査では便秘に悩む人は約470万人で女性に多い。高カカオチョコの機能を研究する愛知学院大の大沢教授は「日常の食事習慣の中で少しずつ食べることが大切」と助言する。少量でも様々な効果が出るので、カロリーも気にするほどではないという。

 続・元気のひけつより
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こちらの期待は取材の冒頭、あえなく崩れた。
「陸上の障害走で言うと、10台のハードルのうちまだ最初の2台を跳んだあたりです」。北里大の中山哲夫特任教授に、新型コロナウイルスのワクチンは完成間近ですかと尋ねたときのことだ。
ですがロシアの大統領は、完成して娘にも試したと誇っていたような。「まだ医学論文も出されていない。開発のごく初期のはずです」。やはりそう簡単ではない? 「感染を抑える力があるか、深刻な副反応はないか。すべてを見極めるには時間と手間を要します」。
過去の感染症での開発ぶりが気になります。「まさに失敗の連続。コロナの仲間のSARSやМERSでも、人体に有効と認められたワクチンは存在しません」。天然痘では威力を発揮したけれど、すべてワクチンで解決できるなんて夢のまた夢か。
いま国々が開発にしのぎを削る。日本は欧米の製薬大手と供給の合意にこぎつけた。これまでワクチンの安全性には懸念の声もあったが、コロナ不安の合唱の前にかき消されたかのようだ。
大国の指導者からは「自国の分は確保した」との発言が相次ぐ。争奪戦が過熱し、途上国に行き渡らなくなる事態が恐ろしい。自国第一主義が感染拡大を続けるいま、杞憂とは言えまい。
それでもワクチンにすがりたい心境です、やっぱり。「効き目と安全性をしっかり確かめないことには。どうかご理解を」。ここは腰をすえて待つほかない。慌てず騒がず、政治の宣伝に踊らされず。

 天声人語より
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紫外線から肌を守る。シミやシワ、炎症を防ぐ。日焼け止めを活用し、ビタミンD不足にも注意を
日焼け止めの対策で重要なのは「量」と「塗るタイミング」だ。
量は、顔全体では、乳液状ならば500円玉ぐらいの量が必要。また、角層に浸透するまでの時間が必要で、外出する15~20分前には塗り終えたほうがいい。さらに汗で流れるだけでなく、汗と混じるだけでも効果は下がるといい、通常の屋外の環境下では2時間ほどしかもたないという。
だから、日焼け止めだけで完璧に肌をガードするのは現実的ではない。帽子や日傘、衣類、UV手袋、サングラスなどを補助的に使って保護することが大切だ。顔はパウダーファンデーションを塗れば、長袖の服を着るのと同じような効果があり、肌を紫外線からブロックしてくれる。
 一方、紫外線は「悪者」というわけでもない。紫外線は皮膚でビタミンDをつくり、骨を強くする。過剰な紫外線対策をすると、ビタミンD不足に陥るおそれがある。成長期の子どもや、骨粗鬆症のリスクのある高齢者らには、両手のひらほどの面積で一日20分くらい紫外線にあたることが進められる。
その意味でも、紫外線対策をするならば、食事でビタミンDをとることを意識したい。魚やキノコ類に多く含まれている。
サバやイワシなどの缶詰。保存がきいて簡単に摂取でき、小骨もあるのでカルシウムも一緒にとれる。キノコは2~3時間以上、半干しの状態にしてから調理すると、エルゴステロールという成分がビタミンDに変わって豊富になる。干しシイタケやキクラゲもおすすめという。

 元気にキレイにより
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「BIG YEN」。米紙が1974年夏の参院選を報じた際、金まみれの実態にあきれ、そう報じた。
ある候補は20億円を注ぎ込み、逮捕者は100人を超えたという。
民俗学者杉本仁さんの著書『民族選挙のゆ敎わった。逮捕者を出した陣営の参謀がこの選挙で唱えたのが「10当7落」。10億円を投じれば当選圏だが、7億円では落ちるという意味だ。
参謀自身も罪に問われるが「買収資金ではなく後援会つくりのお金だ」と訴える。その世界では広く知られ、「選挙の神様」と呼ばれた。当落は「賽銭」しだいと説き、どこの誰にまくべきか知り尽くした人だった。
まるで同じ論法をきのう耳にした。「選挙運動を依頼する趣旨ではない」。前法相の河井克行被告が、妻の安里被告ともども無罪を主張した。県議ら100人に現金を提供したとおおむね認めつつも、あくまで当選祝いや陣中見舞いだったと述べた。
弁護団いわく「地盤培養」のため。耳慣れない言葉だが、自身の支持地盤を盤石なものとする活動を指すそうな。検察側の言う通り、当選7回の国会議員がトイレや自車の中でなりふりかまわずに札束を握らせていたとしたら、そんな行為の呼び名に「培養」はまるでそぐわない。
自民党本部から夫妻側には1億5千万円もの大金が支給されていた。通常の10倍だそうだ。党本部が当選の線をそのあたりと読んだのか。それにしても改めて驚かせる。いまの世にこれほどの「賽銭」が飛び交っていたとは。

 天声人語より
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首相の会見
やっと実現すると思ったら、辞めるという会見だそうだ。
実効性のあるコロナ対策など期待したのに?

紙面より
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静かな駅舎には似つかわしくない巨石が目にとまった。京都府南部の井出町にあるJR玉水駅。
6㌧の塊は500㍍先の川から転がってきた。戦後の復興期に起きた大水害の物言わぬ語り部である。
地元ガイドの宮本敏雪さんはいつもこの石を前に語り始める。1953年8月、記録的な大雨で堤防が決壊し、土石流が家々を押しつぶした。死者・不明者336人。「集中豪雨」という言葉は、この南山城水害のときに新聞で初めて使われた。
あの夜、18歳だった宮本さんは「変な音がする」と母親に起こされた。水がみるみる迫る中、土壁を破って隣家の屋根にはい上がる。一面の水と流木が引くと、街並みは一変していた。
被災者である自分に何ができるのか。10年ほど前から地元の学校で体験を伝え始め、紙芝居も監修した。「命は自分で守らなあかん。口酸っぱく言い続けていきたい」。駅舎の工事に伴い巨石が撤去されそうになった3年前は、先頭に立って保存を訴えた。
今回の取材では、巨石と並んで1枚の写真が胸に迫った。子犬を背負った男の子が不安そうにたたずむ。隣接する和束町によると、豪雨で一家5人を失ったマーちゃん。いまも所在が分からないという。少年のうつろな視線が、人々の運命を暗転させた水害の恐ろしさを伝える。
今年も梅雨前線が熊本を中心に深刻な被害をもたらした。台風への警戒も欠かせない。水害列島に暮らす一人として肝に銘じたい。教訓を忘れないことが備えの一歩であると。

 天声人語より
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イランの問題
イランがンま開発関連の活動をめぐりIAEAの査察を拒否していた問いで、、解決に合意したとグ゛ロッシー事務局長がテヘランを訪問して話し合った結果である。
イランとしては米国が主導するイランへの国際的な圧力をかわす狙いがありそうだ。
査察時期については「すぐに、だ」とロッシ氏は述べた。

紙面より
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「安心して感染したい」。その言葉を見かけたとき、何ごとかと目が釘付けにになった。
ある5コマ漫画に付された題。感染者がひとりも出ていない町に暮らす人々ならではの心のひだが描かれていた。
「狭い町で噂になるから一人目にだけはなりたくないわ」「感染したって分かったらすぐに村八分にされんぞ」。新潟県見附市の公式フェイスブックに先月載った作品だ。不安を訴える住民に続き、作者が自らつぶやく。「噂するのも村八分にするのも後ろ指さすのも陰口を叩くのもウイルスじぁない。この、『ひと』なんだよなあ」。
描いたのは地元在住のイラストレーター村上徹さん。人口4万の小さな市は感染者ゼロで推移してきた。「住民には重圧でした。もし感染しても、早く完治してねと励まし合う町であってほしいと絵筆を走らせました」。
感染拡大の第2波がやまない。同じ不安に直面している市町村は少なくないだろう。「うちが感染源になったら、ご近所に申し開きできない」。当方も今夏、実家の親から幾度も念を押され、帰省をあきらめた。
さて見附市では先週、初めての要請者が確認された。ウイルスは市町村の境目などものともしない。それなのにウイルスではなく、感染者と家族ばかりをなじる言動が各地でいまなお絶えない。
ことここに至れば、大切なのは、陽性者が出たあとの対応であろう。老若男女、だれもが安心して感染できる世の中でありたい。そうなれば闘う相手はウイルスだけで済む。

 天声人語より
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コロナの続き
自分は絶対感染しない。
そう思い込んでいる人が差別する。
地域でも、学校でも。

素粒子より
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人口800人の農村に育った少年は、バスケットボールの最高峰である米NBAはおろか、競技すら10歳まで無縁だった。
ドキュメンタリー映画「サトナム」はインド初のドラフト指名を勝ち取ったサトナム・シン選手の物語である。
転機は14歳で訪れた。すでに2㍍った長身を見込まれ、米国への留学生に選ばれる。しばらくは何を話しかけられても「ソーリー」としか返せなかった。
故郷の期待と不安に押しつぶされそうな主人公に、周囲は英語を教え、コートでは体を鍛え、選手としての生き方を考えさせた。2015年、15歳となり、年60人しかいない指名を受けるまで、あきらめることなく声をかけ続けた教師や指導者、代理人の姿が印象的だった。
NBAが強く海外を意識したのは92年のバルセロナ五輪である。プロで固めた米国の「ドリームチーム」が、大成功を収めた。ここから海外の有力選手を受け入れるだけでなく、若い才能を発掘し、育てる取り組みが進んでいく。
商業的利益がその主目的ではあっても、世界の国々に及ぼしたものは小さくない。まだNBAでの出場は果たせていないが、シン選手の存在は13億の人口を抱えるインドに自信の輪を広げたことだろう。今季プロ入りを果たし主力となった八村塁選手や、渡辺雄太選手の活躍を考えれば、その影響力は想像できる。
リーグ戦の開幕時には38カ国・地域から108人の外国選手が名を連ねた。壁は高いほど選手をひきつけ、人々の心を沸き立たせる。

 天声人語より
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コロナ対策
そもそも、コロナは「原則入院」すべき重病なのか。
政府が始める議論に注目する。
「GoTo」の効果は限定的か。
最大5万件想定の宿泊業者登録は2万に届かず。

 素粒子より
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残暑というのもはばかれるほどの暑さだが、だからこそ秋の気配を探したくなる。
公園で赤とんぼを見かけた。水田ではまだ青い稲穂が、こうべを垂れはじめた。大音量だったセミの声も、中音量くらいになってきたような。
そんなときに心惹かれるのが、夏から秋への移り変わりを詠んだ句である。〈ひとすぢの秋風なりし蚊遣香〉渡辺水巴。蚊取り線香がいつも身近にあった頃を思い出す。風邪が涼しくなったことに初めて気づくのが、あんなに嬉しいのはなぜだろう。
秋に入ってすぐの涼しさには「新涼」の呼び名がある。〈新涼や尾にも塩ふる焼肴〉鈴木真砂女。秋の涼気は食欲も運んでくる。サンマはまたも不漁が伝えられており、初物にお目にかかれるのはいつだろう。
さて人間社会の季節感のほうは、新型コロナに調子を崩されっぱなしである。休校した遅れを取り戻すべく、小学校の多くで新学期が始まっている。花火大会や夏祭りもなくなり、絵日記に何を書こうかと困った子もいたか。
以前からある多くのコロナウイルスは夏の高温多湿に弱いと聞き、新型にも淡い期待を持ったのだが、どうも彼らには季節感というものがないらしい。春、夏そして秋と、お付き合いがまだ続きそうだ。
「初秋」という言葉があり、立秋を過ぎたあとの8月のことだと歳時記で知った。秋を待つ気持ちが、文字から伝わってくる。暑さはまだ続くにせよ、せめて猛暑日ではなく真夏日くらいにしてほしい。ささやかな願いである。

 天声人語より
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首相また病院へ
17日に続いて24日に再び入院した。
菅官房長官は追加検査と言っているが、おかしい。
やはり何か重大な病気でも見つかったのか。

紙面より
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作家の佐藤優さんの父親は銀行に勤める技術者だった。息子には「銀行員になるな」と語っていたそうだ。
人の顔を見るたびに、その人間からいくら稼げるのか、値札が見えるようになる。それが銀行員だと。
もちろん全ての銀行員に当てはまるはずはないが、内部にいた人が感じた銀行の文化だった。さて最近のコンビニには、お客一人ひとりの顔がポイントに見えていた店員がいたようだ。自分のものにできるポイントに。
昨日の朝刊によると都内のセブンーイレブンで6月、男性店員がバーコードを読み込む際、こっそり自分のスマホにポイントをつけていたのが発覚した。ポイント登録をしていない客を狙ったもので、不正は他の店員でも見つかった。
1回1回はわずかでも塵も積もれば----なのだろう。コンビニ他社でも過去に似たような問題があり、各社が再発防止策に乗り出したのは当然だ。客が損をしているわけでなくても、ダシに使われるのは面白くない。
買い物に使えるポイントは実態はお金である。思えば最近は、自分の知らないうちに、自分の行動からお金が発生することが増えている。ビックデータはその最たるもので、スマホから人の往来、クレジットカードから買い物の傾向などが集められ、膨大なデータが消費者動向として売買される。
みんなが値札をつけて歩いている。どこかにある巨大なシステムの目には、そんなふうに映るのか。ややこしい世の中になった。

 天声人語より
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高齢者の低栄養。タンパク質不足が病気・けが招く
年をとると食事を減らし、肉類を控える人がいる。そんな食生活を続けていると、「低栄養」になって免疫力や筋力が落ち、健康状態が悪くなりかねない。
低栄養とは必要なカロリーや栄養素が不足し、病気やけがを起こしやすくなつた状態。例えば、免疫力が低下して肺炎などの感染症にかかりやすくなつたり、たんぱく質の付則で筋肉量が減って転倒や骨折をしやすくなったりする。カル宗務不足は骨粗しょう症のリスクを高め、皮下脂肪の減少が床ずれの原因になる。身の回りのことを自分でできていた高齢者が、介護されるようになることもある。
食べ物が十分ある日本で高齢者の栄養状態が悪くなるのは、食と健康に関する誤解や社会的な要因が影響している。「年をとったら粗食を心がけ、肉を減らした方がいいと思い込んでいる人が多い。筋肉や臓器など、体のもとになるたんぱく質は「年をとつても必要な量は若い頃とほとんど変わらない」という。一方、加齢とともにたんぱく質を合成する能力が落ちるため、若い頃よりもたんぱく質の摂取量を減らすべきでない。
たんぱく質は20種類のアミノ酸の組み合わせでできている。体内で合成できない必須アミノ酸のバランスかよいのは、動物性たんぱく質。肉類や魚介類、卵、乳製品に含まれる。
高齢者が低栄養に陥る原因は、ほかにもある。食事の準備が面倒で、回数や品数が減ってしまう場合だ。また、いつも一人で食事をしていると食欲が落ちやすい。ひとり暮らしの人は、友人らと食事する機会を積極的につくつた方がいい。持病などの薬の影響や、食べ物をかんだり飲み込んだりする機能の低下によって食欲が落ちたら、かかりつけ医や歯科医を受診する必要がある。
熊谷教授は「低栄養になる前から栄養状態を高めることが、病気や介護の原因となる老化を遅らせることにつながる。男性は60歳ごろから、女性は閉経後からわ目安にしてほしい。」と語る。
食品のとり方も重要で、たんぱく質は1日1回にまとめてとるよりも、3回に分けた方が効率よく筋肉などがつくられるという。
食べる品数の多さも重要だ。肉類、卵、牛乳、油脂類、魚介類、大豆・大豆製品、緑黄色野菜、芋類、果物、海藻類の10食品群について「少量でも気にせず、1日1回摂取すれば栄養状態を高められると話す。

 体とこころの通信簿より
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遠洋漁業の船員たちは、何カ月も自分の国を離れて暮らす。何よりの楽しみは家族や友人から届く手紙だという。
マグロ漁船のコック長を務めた斎藤健次さんが書いた『まぐろ土佐船』には、寄港の際に手紙を受け取る様子がある。
船員たちはまずさらさらと読んだ後、自室でゆっくりと読み返す。手紙や写真だけでなく、子どもが百点を取った答案や、家族の会話を録音したカセットテープなども送られてくる。1980年代の風景である。
スマホ全盛の現代にあっても、電波の届かない海上は隔離された世界に違いない。だからだろうか、インド洋の島国モーリシャス沖で座礁した日本の貨物船をめぐり「Wi-Fiに接続するために島に近づいた」との話が出ている。船員が警察に供述したと地元紙が伝えた。
報道の通りなら、その代償はあまりに大きかった。船は真っ二つになり、燃料の重油が流れ出た。黒い油で海辺が覆われる映像は、痛々しい限りである。マングローブや魚、鳥たちが犠牲になった。
モーリシャスは世界で唯一、「どうだ、ここが気に入ったか?」と聞かれない土地だ---。作家マーク・トウェインが紀行文にそう記している。空も海も、誰もが気に入るのが当然だからだろう。汚してしまったものの大きさを思う。
船主の日本企業の人員が現地に入り、日本政府も油除去チームを派遣した。取り返しのつかない事態を起こした責任は、自然を取り戻すための努力で果たすしかない。世界の耳目が集まっている。

 天声人語より
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快眠のコツ 適切な睡眠は6~7時間。統べての人に勧めしたいのは昼寝。
春眠暁を覚えず、という漢詩があるように、眠りを誘う季節です。しかし、布団に入ってもなかなか寝付けないという相談は、この季節も多く寄せられます。適切な睡眠時間を知って、気持ちよく寝てすっきり目覚めましょう。
 私たちは眠ることで疲労を回復させ、心身のメンテナンスをします。日中、疲れや眠気を感じず過ごせるようなら、李相の睡眠がとれているといえる。
現役時代に十分な睡眠がとれなかったから時間ができた今はゆっくり眠りたい。結果、寝床にいる時間が長すぎて、睡眠の質が悪くなる。これがシニア世代の落とし穴になります。寝付きが悪かったり、夜中に何度も目覚めたりする人は睡眠時間を圧縮することで、改善されることが多々あります。目安は6、7時間。実際に眠っている時間+30分を心がけましょう。
 凡ての人にお勧めしたいのが昼寝です。午後を元気に過ごせて活動量が揚がるからです。ポイントは時間の長さとタイミング。正午~午後3時の間に30分までの仮眠をとれば、深い眠りに入る前に目覚めるため、すっきりします。
 ソファに座って目を閉じるだけでも、効果を期待できます。衣服の締め付けをゆるめ、上半身を少し起こした姿勢で足を伸ばすとリラックスできる。

 きょうもキレイより------三橋美穂
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落語にはひどい亭主がよく出てくるもので、「子連れ」の大工、熊五郎も酒と女遊びの度が過ぎた。
それが理由で妻子と別れて3年、息子の金坊にばったり会うところから話が動き出す。
てっきり向こうは再婚したものと思い込んでいた熊五郎、「今度のお父っつぁんは可愛がってくれるか」と尋ねる。しかし金坊は、「子供の後に親ができるなんて、あるもんか」。分かれた妻は一人で働き、息子を育てていた。
子はかすがいだといいながら夫婦は元の鞘へと収まっていく、そんな人情話である。さて話は旧民進党の面々のことで、こちらも元の鞘に収まりそうだ。国民民主党の過半数の議員が、立憲民主党に合流するという。少なくとも150人の党になるとの見方がある。
議員たちを結びつける「かすがい」はもちろん政策と言いたいところだが、まあ選挙だろう。そう言うとシラケる向きもあろうが、政権を選び、国の政策を変えるのが選挙である以上、悪いことではない。
思えば政権交代の可能性のないことが、この国の政治に緊張感を失わせてきた。さて問題は、旧民進党の面々がこの間、人々の声を拾い、政策を練る努力をしてきたかどうか。合流してできる党が実現可能な対案を示し、国のかじ取りを任せるに足るかどうか。
落語の熊次郎はもともと腕のいい大工で、まじめに仕事に励むようになった。1強に安住する自民党に負けない、腕のいいところを世に見せられるか。そうでなければ合流は、内輪の人情話に終わる。

 天声人語より
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祝・藤井二冠
18歳で追われる身になった重圧も、あなたにはきっと成長の糧に。
おじさんはそう信じています。

甲子園、決勝の頃。
セミの合唱にツクツクボウシが。
ふと気付く、秋に。
〈曼珠沙華咲くを待つかや蝉時雨〉兜太

素粒子より
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人間とはこういうものであるという定義は色々あり、「ホモ・サピエンス」は知恵ある人を意味する。
物を作る存在であることを強調すれば「ホモ・ファーベル」となる。いやいや人間は「遊ぶ存在」だという議論もある。
オランダの歴史家ホイジンガが唱え、「ホモ・ルーデンス」の言葉を用いた。彼によれば文化のなかに遊びがあるのではなく、遊びが人間の文化をもたらした。宗教的祭祀でも音楽や詩でも、元々は遊びの要素が大きいのだと。
遊びは経済にとっても大きな要素だと改めて思う。今年の4~6月の実質GDPの落ち込みが、戦後最悪になったという。大きく響いたのが、GDPの半分以上を占める個人消費が激減したことだ。
感染対策には出歩かないのが一番だと、レジャーや外食など遊びの要素があるものが避けられた。居酒屋、小旅行、映画館、ライブ----どれも最近ご無沙汰だなあと思うと、さもありなんの結果である。
贅沢はどんなものであれ、雇用を生み、経済を動かす。18世紀初めにそう唱えたのが英国の思想家マンデビルである。風刺詩『蜂の寓話』に「奢侈は貧乏人を百万も雇い---」とつづった。食べ物や家具や衣服の贅沢が「商売を動かす車輪」であるとした。
かつての貴族や大金持ちの贅沢ではなく、人々の小さな贅沢が経済を回すのが現代である。コロナ終息後にやりたいもののリストは長くなるが、当面の役には立たない。雇用の悪化を止める政府の役割が今ほど大事なときはなさそうだ。

 天声人語より
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コロナの現状は
専門家の知見も、市民感覚も第2波。
だが政権は「定義がない」と思考停止。
第2波と認めたら何か不都合でも?

素粒子より
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作詞家のなかにし礼さんが、「リンゴの唄」を初めて耳にした時のことを記している。
大陸から引き揚げ船のなか、ラジオから〈♪あかいリンゴに唇よせて〉が聞こえてきた。その歌は明るすぎて、自分には残酷だったという。
敗戦は旧満州育ちの少年の境遇を大きく変えた。父はソ連軍に徴用され、健康を害し命を落としてしまう。母や姉と物売りで暮らし、1年余りにして引き揚げ船に乗ることができた。
「命からがら逃げつづけた同胞が、まだ母国の土を踏んでいないのに、なぜ平気で、こんな明るい歌が歌えるんだろう」。悲しくて泣いたと著書『歌謡曲から「昭和」を読む』にある。終戦直後の流行歌に誰もが励まされたわけではなかった。
終戦75年。しかし全ての人にとって戦争が1945年8月に終わったわけではない。満州からの引き揚げは困難が伴った。ソ連兵による暴行や略奪にさらされ、避難生活で命を落とす人もいた。
我が子が衰弱するのになすすべもない様子が、短歌に残されている。〈母もまた疲れてあれば病める子の顔に群がる蠅さへ追はず〉植田道子。詠んだのは引き揚げの途中、で子を失った母親で、苦悩を乗り越えるために歌に向かったという。
別の歌にあるのは子を置き去りにする以外にないという光景か。〈歩くから連れていってと素足の子が避難の群れにまとひつきをり〉。歌の詞書に詠み人は「戦あらしむな」と記した。二度とこの不条理があってはならないと。

 天声人語より
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熱中症1週間で1.2万人搬送
10~16日の1週間に全国で熱中症で救急搬送された人は、前週からほぼ倍増となる1万2804人だったと発表した。そのうち死者は30人。
都道府県別では、東京都1574人、大阪府898人、愛知県791人、福岡県350人など。
半数近くが住宅内で発症しており、約6割を65歳以上の高齢者が占めていた。

紙面より
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「日本の陸海空軍の鮮やかな活躍ぶりは偉いもんでやすな。米英もあきまへんわ。アカンベーエー(米英)」。
大戦末期、寄席ではそんな落語が演じられた。面白くないのを通り越して痛々しい。
国策落語と呼ばれる。統制色が濃くなった時代、軍部から要請されて当時の作家らが作り上げた。「出征祝」「防空演習」「締めろ銃後」。演目を挙げればキりがない。
その歴史を丹念に調べたのは、『国策落語はこうして作られ消えた』の著者、柏木新さん。「当時の恩想動員の一つ。大衆に人気の落語に軍部が目をつけ、落語界も忖度して協力しました」。
当時から客には不評だった。それもそのはず、庶民が権威筋を笑い飛ばすような本来の伸びやかさに欠けていた。その一方、演芸団体は「高尾」「子別れ」など53の演目を自粛してしまう。禁演落語である。
東京浅草の本法寺には、落語家たちが1941年に建てた石碑「はなし塚」がある。禁演とされた作品の台本や扇子がここに埋められた。境内を尋ねると、碑文には「葬られたる名作を弔い」と刻まれている。「本意ではないが、お上には逆らいがたい」。落語家の無念がそこに見て取れた。
終戦から今日で75年。権力の側が「要請」という名の巧妙な圧力をかけ、国民の側はじわじわと「自粛」の連鎖へ追い込まれる。危うい構図は戦中もいまも変わらない。落語界に限らず、教育や文化、報道までが挙国一致の大波にのみ込まれた愚を繰り返してはならないと誓う。

 天声人語より
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米大統領選挙
民主党は、バーチャル党大会を開幕した。
24日からは共和党の全国大会も開かれ、両党の候補者が正式に決まる。
4年に一度の党大会は党員の結束を高め、一般有権者にアピールする重要な機会だが、今回は新型コロナウイルスの影響で大幅に縮小され、ほぼすべての行事がオンラインで開かれる異例の「バーチャル党大会」になる。
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虚弱な体質だったためか、小学生のころ夏になると祖父からさとされた。
「外で日光を浴びないと冬に風邪をひくぞ」。夏休み明け、紫外線をたっぷり浴びて壇上で表彰される同級生がうらやましく見えた。
目には見えないのに、愛されるかと思うとひどく嫌われもする不思議な存在。近刊』紫外線の社会史』を読むと、ドイツの物理学者によって1801年に発見されて以来、紫外線の評価は「有益」と「有害」の間を行き来してきた。
たとえば1930年代には日光浴がブームとなる。科学誌は「太陽を食べよ」と呼びかけ、工場労働者は紫外線浴室に入った。熱はいっとき冷めるが、その30年後、小麦色の肌は再び人気の的に。化粧品会社が「太陽に愛されよう」と呼びかけた。
80年代にはまた転機が。「紫外線は危険 皮膚がんの元凶」と米紙が報道。しわやしみを招くという説が広まり、「美容の敵」呼ばわりされる。気象庁も紫外線情報を出すようになった。
著者は広島工大教授の金凡性さん。中学生のころ、全裸で紫外線を浴びる米兵の集合写真を雑誌で見たのが研究のきっかけという。「私たちの科学的常識は将来も普遍とは限らない。その振れ幅の大きさをを考える上で紫外線は格好の教材です」。
連日、列島各地で猛暑が続く。子どものころ紫外線にあこがれた自分が、いまや紫外線をさえぎるクリームに頼る日々である。どうせならわが肌をいためつけず、その力でウイルスを一気に撲滅してはくれないものか。

 天声人語より
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4~6月期のGDP戦後最悪
GDPの4~6月期の1次速報は、前期より7.8%減、3四半期連続のマイナスとなった。
年率換算では277.8%減。成長率のマイナス幅は比較可能な1980年以降最大。
コロナ危機による緊急事態宣言の影響の大きさがわかる。

紙面より
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阿留辺幾夜宇和と書いて「あるべきようわ」と読むという。
鎌倉時代初期の高僧、明恵上人が、人はその七文字を保つべきなり、と説いている。
といってもわかりづらい。概略、置かれた立場に応じた規範、規律を守り、なすべきことをなせ----との意味らしい。作家の栗田勇さんが自著『日本文化のキーワード』に書く解釈も付け加えたい。
自らの「あるべきようは」と考えて、〈いま時々刻々の自分の勤め----に立ち戻ること〉というから、危機下の処し方とも思えてくる。
大型連休が明けても、緊急事態宣言がつづく。行動制限を日常に組み込む「新しい生活様式」まで提起されたところをみると、今月末に再設定された期限が過ぎても厄災は終わるまい。「コロナの時代」をどう生きていくか、覚悟を決めて問い直すべきとなのだろう。
そうわかっていても自粛に疲れ、心がしぼみそうな人は少なかろう。出口戦略という希望を国に求めつつ、いまは自らの勤めを確かめて阿留辺幾夜宇和とつぶやいてみる。

 よみうり寸評より
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長すぎる不公正への抗議。 人種越え新しい連帯。
デモや抗議集会が全米各地でわき起こった。連日の報道を見るなかで、胸をつく場面がひとつあった。
ブラック・ライブズ・マター、黒人の命は大切だ、というスローガンとフロイドの最後の言葉「息ができない」を連呼するデモ隊が警察と向き合うなか、デモ隊から警察官に向かって何かを投げつける映像が映った。
 そのときデモ隊のなかから一人が前に出て、警官でなくデモ隊に向かって、しゃがめ、ひざまずけと叫んだ。一瞬のあとデモ隊も膝を折ってひざまずき、力によらない抗議、ピースフル・プロテストとお互いに呼びかけた。
ここに表れた、手段を選ばずに権力に立ち向かうのか、それとも暴力に訴えない運動に徹するのか、その選択は決定的といっていいほど重要だ。
だが、今回の抗議運動には従来と大きな違いがある。これまでデモも暴動も事件の起こった都市を中心としたが、今回は警官への抗議がニューヨークやロサンゼルスを始めとした全米各地、さらにロンドンから東京まで世界各都市に広がった。フロイドの死を自分のものとして受け止め、異議申し立てを行う人々が、事件の起こった都市を越えて連帯したのである。
 そして担い手がアフリカ系だけでなく、白人もヒスパニックも数多く加わっている。6月2日のマンハッタンのデモに加わった人々にも人種を越えた広がりがあった。
 ここで語られている正義は黒人の正義ではなく、人種を越えた正義である。肌の色が黒いため警官に粗暴な暴力を加えられるという人種の違いに起因する不正は、肌が黒くない人にとっても不正だが、それは建前ではなく、広汎な異議申し立てに展開し、フロイドの死から3週間以上経っても続いている。これまでの「人種暴動」と異なるところだ。
今回も暴動や略奪は起こった。私も人種による不公正に反対する運動に共感しつつ、運動が非暴力から暴動に転じることを恐れていた。暴動になれば法と秩序の名の下に力によって市民的不服従が押さえ込まれ、結果として不公正が長続きしてしまうからだ。
キング牧師は暴力に頼ることのない市民的不服従を訴えたが、そのキング牧師は暗殺され、アメリカ各地で暴動が起こった。混乱のあとも人種による不公正は残された。
 だが、歴史は繰り返さないかも知れない。今回のトランプ政権はデモに対し強硬措置を求めたが、それに対する反発は暴力ではなく非暴力不服従の拡大を生み出した。いったん広がった暴動や略奪はほぼ収束し、人種による不公正と警察への抗議は非暴力に徹することによって人種と地域を越えた広がりを獲得した。
 怒りは正当でも増悪と暴力には未来がない。長すぎた人種不公正を人種の壁を越えて改める機会が生まれている。

 時事小言より----藤原帰一
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帰るべきか帰らざるべきか。コロナ下で迎えたこのお盆、多くの方が実家への帰省を迷ったことだろう。
当方もその一人。高齢の両親から「伝染病を持ってこないで」と言われて断念した。わがお盆史上かってない事態である。
そもそもお盆という風習はいつ始まったのか。『お盆のはなし』という著書がある名古屋市の長善寺前住職、蒲池勢至さんによると、7世紀には「盂蘭盆会」という仏事が営まれた。もとは中国から伝わった説話。釈迦の弟子が、陰暦7月15日に食べ物を供え、餓鬼道に落ちた亡母を救ったという。
父母の恩に報いる宗教行事だったが、しだいに日本古来の祖霊信仰が加わる。祖先を迎え、再び送り出す機会とされ、平安時代は貴族に普及。江戸時代にはにぎやかな盆踊りも庶民に広まった。
近年は、鉄路、陸路、空路が混み合う民族大移動そのものに。だが今年は様相が異なる。蒲池さんのお寺でも檀家へ出向くお盆参りは例年の3割ほど。「お盆はご先祖を思う大切なとき。その意義をご存じない方が増えるいま、コロナで私たちの伝統が絶えてしまっては寂しすぎます」。
先日、全国知事会は帰省を控えるよう呼びかけた。ところが担当大臣は「一律の帰省自粛はしない」と逆を言う。これではだれもが迷うばかりである。
帰省する方々も、今年ばかりは迷いに迷った末の決断にちがいない。行った先で「白い目」を浴びることがないよう祈りたい。帰省をあきらめた一人のそれが偽らざる願いです。

 天声人語より
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真言宗の「三密」で心穏やかに
新型コロナウイルスの感染防止のため、密閉、密集、密接の三密を避けましょう」。初めて聞いたとき、ドキッとしました。なんで仏教の言葉が?と。
 真言宗の教えで大切なのが三つの密なのです。「三密」は、今年の流行語大賞に選ばれるかもしれません。コロナ時代に生きる知恵として、弘法大師様の教えを世に広める機会だと考えています。
真言宗の三密は、身密、口密、意密です。
「密」とは、弘法大師が唐から伝えた密教の密を指し、仏と一体となる修行を意味します。からだや行動(身)を整え、言葉や発言(口)を正しいものとすれば、おのずと心や考え(意)も整う。修行を重ね、三密を研ぎ澄ませば、この世であっても仏様のように心穏やかに過ごせる。真言宗の最も大切な教えです。
 コロナと共存せざるを得ない今、これをうまく生かすことができます。
 「身」、つまり行いに関しては手洗い励行です。身勝手な行動わ慎みましょう。マスクをするなど他人への気配りや、医療関係者への感謝も忘れずに。こう考えると仏教は、よりよく生きるための教えなのです。
 震災でもコロナ禍でも多くの人々が犠牲になっています。そうした人たちに思いをはせつつ、自らは、ちょつと立ち止まって、心を見つめ直す。そうした機会ととらえれば、新しい世界が開けてきます。
 
 猪苗代町の寿徳寺住職・松村 妙仁
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自宅の庭の柿の木が初めて実をつけたのは35年前の秋。人生で最もつらい時期だった。
大阪府箕面市の谷口真知子さんには、「色づいた実が夫からの贈り物のように思われ、涙がとまらなかった。
会社員だった夫正勝さんはその年の夏、羽田発大阪行きの日航123便に乗り、帰らぬ人となった。遺品の中には免許証と走り書きの遺書が。「まち子、子供よろしく 大阪みのお 谷口正勝」。かすかに血と煙のにおいがした。
柿の実に気づいたのは、沈んでいた中1と小3の息子である。5年前、自宅を新築した際に夫が手ずから植えた木だ。「桃栗3年柿8年と言いますが、それより早い。私たちのために実らせてくれたとうれしくなりました」。
そんな体験をもとに真知子さんは絵本『パパの柿の木』を刊行する。「明日もあさっても続くと信じていた日常が、突然絶たれた。家族で過ごす当たり前の日々がどんなに大切か伝えたいと思います」。事故後、周囲に助けられながら息子を育て上げ、人の孫も生まれた。
起用で墜落事故か35年。〈皆おなじ親子に逢いに御巣鷹に〉。同じ便に乗り合わせた女性客を悼む母親の句が、遺族の文集『茜雲』にある。失われたのは乗客ら520人もの尊い命。それぞれの遺族がくぐり抜けてきた歳月をかみしめる。
取材の日、庭の柿の木に触れた。幹は太く、葉は厚い。何十もの青い実が夏の日に輝く。家族ならずとも、正勝さんがそのたくましい木に宿っているように感じられた。

 天声人語より
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終戦75年
75年前のきょう、大阪・京橋駅を1㌧爆弾が直撃。
数百人死す。
玉音放送の前日に。

傷痍軍人を見かけた記憶も遠く。
〈万歳とあげて行った手を大陸において来た〉鶴彬

素粒子より
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なお燃え盛る米国の抗議運動「ブラック・ライブズ・マター」。
怒りの波がいつまでも引かないのはなぜですか。会ってそう尋ねてみたい人がいた。昨年8月に亡くなった米作家トニー・モリスンである。
「彼女ならきっと全幅の賛意を示し、抗議に立ち上がった人たちを勇気づけたはずです」。そう語るのは、東京外大名誉教授の荒このみさん。黒人文学に詳しく本人とも面識がある。「「ただその手段はあくまで文章。街頭で演説するようなふるまいは好まない人でした」。
奴隷の子孫たちの悲哀を描き、黒人女性初のノーベル文学賞に輝いた。たとえば代表作『ビラヴド』。生まれたばかりの娘が白人に過酷な目に遭わされぬよう願うあまり、わが手であやめてしまう母親の内面に迫る。
運動は5月末、白人警官がひざで黒人男性の首を圧迫して死亡させたのが発端だった。トランプ大統領の挑発や強硬策が火に油を注いでいる面もあるが、それのみが長期化の理由とは考えにくい。
「黒人の労働と我慢なしでは成り立たなかった国なのに、白人支配層は彼ら彼女らを存在しない者のように扱ってきた。その矛盾がいま噴き出しています」と荒さん。直接的な暴力だけでなく、米社会に残る差別の構造が問われているのだと痛感する。
あなた方がめく激しているのは、私たち黒人が曽祖父母の時代から受けてきた非道な扱いに対する正当な異議申し立てなのです----。小説のページを繰るたび、モリスンの生涯の訴えが胸に迫った。

 天声人語より
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コロナの影響
「戦争中とはまた違った不気味さが」と寂聴さん。
コロナ下のお盆。
きょうも暑い。

けさ早く、垣根に白いレースのような花あり。
〈月かげを紡ぎて烏瓜の花〉山田弘子。

素粒子より
烏瓜の花は芳香を放っている。
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ただの氷なのに、甲子園では常ならぬ存在感を放つ。
きょう幕を開ける高校野球の交流試合でも、名物「かちわり」は健在である。
歴史は昭和2年夏にさかのぼる。地元の兵庫県西宮市で飲食店を営む梶本国太郎という人が、かき氷を球場内で売ったのが始まり。舟形の竹容器は「こぼれる」「手がぬれる」と不評だったが、夏祭りの露店から息子が持ち帰った金魚の袋を見てひらめく。昭和32年の夏、一口大に割った氷を透明な袋に入れてみて大当たりした。
顔や首を冷やしたり、溶けた氷水をストローで飲んだり。いま1袋200円。梶本商店社長で孫の昌宏さんによると、客席が熱くなる攻撃中の方がよく売れる。「その中でも特にスリーアウトの直後が売り時。ああ惜しかったという局面です」。
対戦カードの研究も怠らない。初出場校の応援席は例外なく売れ行きがよい。10年ぶり20年ぶりという古豪もよく声がかかる。客に常連校は概して低調だという。
「家業として3世代でやってきましたが、夏の甲子園中止なんて想定外でした」。交流試合では、ウイルス対策として観客の入場が制限された。売り子の販売も中止されたが、予約すれば応援席に届けられることになった。
「かちわり、いかがですかー」という売り子の声が聞こえない甲子園はやはり味気ない。アルプス席からの声援や演奏も今年は響かない。戻ってきた球音を選手ともども楽しみつつ、来年は夏を彩る音の共演も存分に聞いてみたい。

 天声人語より
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猛暑続く
残暑烈々。
きのうは全国25地点で観測史上1位。
発熱している街で、マスクがつらい。

支持率1%の政党が割れる⁈
だから何⁈
野党合流に加わらぬ議員は、どこへ。

素粒子より
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「次は地方の小都市ではなく東京にすべきだ」。
広島に原爆を投下した翌日、グアム島に駐留する米軍将校らから上がったそんな提言を、首都ワシントンは一蹴する。そして原爆は長崎に落とされた。
元徳山高専教授の工藤洋三さんらが、米国で公開された機密文書を調べたところ、その年の4月時点では東京、横浜、京都、大阪、下関など17もの都市が検討されていた。長崎が標的に加えられたのは、終戦まぎわの7月下旬だった。
「米軍が標的都市に欲したのは、原爆の破壊力の確かめやすさ。通常爆弾を落とさず、無傷のままで残して残しておくよう命令が出ていました」。東京や大阪は大規模な空襲を受けていたため、京都は歴史的な価値ゆえ、それぞれ候補地から外された。
5月からずっと有力とされたのは新潟市。空襲被害が少ないことが理由とされたが、遠いうえ、河川にそって市街地が細長いため、結果的に標的とならなかった。
最終的に選ばれたのが、証券のそろう小倉だった。原爆「ファットマン」を積んだ米軍機が9日早朝に基地を飛び立つが、予想外の視界不良で急きょ長崎へ。候補地の変遷を追えば追うほど、無力感に襲われる。戦況の定まったあの時期、あれほど非人道的な新型爆弾を使う必要があったか。二転三転ならぬ四転五転の果てに恣意的に選ばれた被爆地の無念を改めて思う。
きょうは長崎原爆の日。一瞬で失われた幾万もの尊い命を悼みつつ、戦争そのものの持つおぞましさをもう一度胸に刻みたい。

 天声人語より
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明日は日航ジャンボ機墜落から35年
遺体に手を合わせつつ歩いた現場を忘れない。

素粒子より
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雑誌「俳句四季」8月号に子育てをめぐる句の特集があり、往年の名句がいくつも紹介されていた。
中村汀女の〈咳の子のなぞなぞあそびきりもなや〉。風邪で家にいる子が、繰り返し遊びをせがむ。もてあましつつも付き合う母親の姿が浮かぶ。
秋元不死男の〈子を殴ちしながら一瞬天の蝉〉には、子をたたいてしまったことへの降灰が詠まれている。中村草田男の〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉からは生命力への喜びが伝わる。
雑誌の特集では俳人の西川火尖さんが、目を引く句が戦前・戦中に多いと指摘していた。「戦争が避けられない、子供ができたら戦地に送らねばならないとき、子育ての名句が固まりとして出ている」。暗い時代が、我が子を見る目を研ぎ澄ませるのだろうか。
思い出すのは、金子光晴の詩「冨士」である。〈戸籍簿よ。早く焼けてしまへ。誰も。俺の息子をおぼえてるな〉〈息子よ。この手のひらにもみこまれてゐろ。帽子のうらへ一時、消えてゐろ〉。兵役から子を守りたい気持ちが、悲しいほど伝わる。
病弱な息子の体をさらに痛めつけてまで、金子は応召を引き延ばそうとした。雨の中に立たせ、部屋に閉じ込めて煙でいぶした。各人がそれぞれのやり方で軍を拒否すべきだと考えていたと、自伝にある。
戦地に送ることを意識しながら子を育てる。やがて子も、戦争で死ぬことを思いながら育っていく。この国にそんな時代があった。そして戦争はいつも若者の命を要求する仕組みである。

 天声人語より
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親鸞の教え
親鸞自身が「父母の孝養のために念仏を唱えたことは一度もない」
実はお釈迦さまも「死んだ人に向かって読経しても意味がない」と言っている。
死んだ人の運命は本人の行いで決まるもので、子孫がお経を唱えて変えられるものではない。そもそも、お経は生きている人が幸せになるための教えを記録したもので、生きているときに聞いてこそ意味があるのだという。
最善の供養とは祖先が喜ぶことをすることだからだ。親にとって何が一番うれしいかといえば、子が幸せに生きることだろう。それには阿弥陀仏の本願を聞き求めればよいと、お釈迦様と親鸞は教える。
阿弥陀仏の本願、つまり本当の願いとは、すべての人を幸せにしたいということ。阿弥陀仏だけを信じて正しく幸せに生きようというのが浄土真宗の教えだという。

 紙面より
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きのう訃報が届いたピート・ハミルさんは、ニューヨークを拠点にコラムや小説を書き続けてきた。
日本では映画「幸福の黄色いハンカチ」の原作者として知られる。その作品「ゴーイング・ホーム」はバスの長旅で若者が、無口な男と出会うところから始まる。
男は刑務所での4年間の服役を終え、家に帰るところだという。妻にはこんな手紙を出していた。「俺のことは忘れて構わない。でも、もし迎え入れたくれる気があるなら、町の入り口のオークの木に、黄色いハンカチを1枚結びつけといてくれ」。
ハンカチがなければ、そのまま去っていくからと。俳優倍賞千恵子さんの著書によると、この話を元にした米国の歌を倍賞さんが聞き、心を動かされた。そして監督の山田洋次さんに伝えた。
舞台を北海道・夕張の炭鉱地帯とし、オークの木は鯉のぼりの竿になった。米国の物語と日本映画との幸運な出会いである。
大衆紙で書き始めたハミルさんは、名もない人々の暮らしを切り取ってきた。9・11同時多発テロ直後のニューヨークの人々の気持ちをこう代弁していた。「ひどい状態だが自分の場所はここ、さあ何かしなきぁ」。それだけにイラク戦争のことは「9・11を利用した」と難じていた。
コラム集の『ニューヨーク・スケッチブック』には、人と人との出会いがいくつもある。昔の恋人との偶然の再会。子どもが奇妙な老人と知り合う。描かれる人間模様は、どこか乾いている。それでも一瞬のぬくもりがある。

 天声人語より
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人口減少、それがなにか?
人口減少を深刻な危機と受け止める向きはもちろん多い。人口(とりわけ労働力)が減り続ければ経済成長が難しくなる。産業・企業の存立基盤が損なわれる。政府債務返済負担が一段と増す、国力が衰退し安全保障リスクが高まるなど、不安は尽きない。
 しかし、人口減少は嘆くしかないことなのだろうか。人口減少下でも、国民の豊かな生活や国力を維持する手立てを見つけることはできないのだろうか。
 人手不足の主因は人口減少と言われる。しかし例えば、コンビニや外食チェーン店の24時間営業、きめ細かすぎる宅配サービスなど、消費者が便利さへの飽くなき欲求を少しでもよくせいすれば、人で不足は和らぎ、労働環境も改善される。その結果生じる労働力の余裕を、新たな成長分野で発生する労働需要り振り向けることができれば、生産性の上昇と付加価値の増大すなわち経済成長の押し上げに生かすことができる。換言すれば、それを阻んできたのは我々自身ではなかったか。
 人口減少に直面する日本に必要なのは、危機を煽り弥縫策を繰り返すことではない。公共投資の拡大は一時的な景気刺激と引き換えに将来世代に大きな財政負担を残した。我々に求められているのは、人口減少が制約や重荷とならない経済社会をつくる意思であろう。いずれ使われなくなる社会インフラはつくらない、これ以上政府債務を増やさないなど、マクロからミクロまで、やるべきこと、できることは多い。

 経済気象台より----山人
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75年前のきょう、広島第二高等女学校2年西組の生徒たちは勤労動員にかり出され、そこで被爆した。
一人の生徒の末期の言葉が残っている。「先生すみません。最後の点呼が、最後の点呼がしっかりとれませんでした」。
西組の級長で、責任感の強い生徒だったという。今の中学2年生あたる彼女たちは、爆心地から1.1㌔のところで作業していた。その場にいた39人の生徒のうち38人が2週間以内に亡くなっている。
関千枝子著『広島第二県女2年西組』は、一人ひとりの最期を追った記録である。手をつないで逃げたが、火傷で皮がずるずるなために離れ離れになる。病院に運ばれたが、手の施しようがないからと薬もつけてもらえない。

著者の関さんも西組の生徒だったが、体調が悪くて欠席したため、死を免れた。著書でこう問いかけている。生き残った自分は「運のよい子」だといわれる。では、原爆で死んだ人たちのことは「運が悪かった」というのか----。
広島で14万、長崎で7万の無辜の命を奪った原爆投下から、4分の3世紀。核兵器はいまも世界に存在し続け、使用可能であり続けている。核の時代にいる私たち全てが、かろうじて生き残っているだけなのかもしれない。
ミサイル攻撃を仕掛けられたという誤った情報で、核戦争が起きそうになる。そんなことがこれまでに何度もあったと元米国防長官が語っていた。大惨事は起きる直前まで、その姿を現さない。あのときの広島がそうだったように。

 天声人語より
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コーヒーや緑茶が長寿のカギ
コーヒーや緑茶を日常的によく飲んでいる人は、そうでない人に比べて死亡するリスクが低いとする調査結果を、厚生労働省の研究班がまとめた。コーヒーに含まれるポリフェノール、緑茶に含まれるカテキンが血圧を下げ、両方に含まれるカフェインが血管や呼吸器の働きをよくしている可能性があるという。
全国に住む40~69歳の男女約9万人に対し、コーヒーや緑茶を1日どれくらい飲むかを、ほかの生活習慣などと合わせて質問し、経過を約19年間追った。この間に約1万3千人が亡くなった。
コーヒーや緑茶をよく飲む人は死亡率が低く、コーヒーを1日に3~4杯飲む人ではほとんど飲まない人に比べ、死亡リスクが24%低かった。緑茶は1日1杯未満の人に比べ、1日5杯以上飲む男性で死亡リスクが13%、女性で17%低かった。どちらも、死亡のリスクにかかわる年齢や運動習慣などは影響しないように統計学的に調整した。
コーヒーにはクロロゲン酸というポリフェノール、緑茶にはカテキンが含まれ、両方に欠陥や呼吸器の働きをよくするカフェインが含まれている。こうした成分が心臓病や脳卒中による死亡を減らしたことが考えられるという。
一方、カフェインは健康維持につながる可能性があるが、心臓病を抱えた人では摂取で急に血圧が上がるといった影響も考えられる。妊娠中や肝臓病の人も注意が必要である。

 紙面より
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ある貧乏な書生の話。饅頭を食べたいが金がない。饅頭屋の前に行き、大声を上げてぶっ倒れてみせた。
驚いた饅頭屋からわけを尋ねられ、答えた。「饅頭がこわいのだ」。案の定、おもしろがって相手が饅頭を押しつけてきた。
中国の古い笑話集にある「饅頭こわい」である。おなじみの古典落語はこれをもとに作られたようで、いろいろと手も加わっている。仲間たちが怖いものを順番に打ち明ける場面があり、蛇、蜘蛛---と来て、まさかの饅頭に至る。
外国の話も、江戸っ子の丁々発止に変えてしまう日本の落語文化である。換骨奪胎の流儀は職にもあり、中華料理から生まれたラーメンは日本食として世界で通る。さて今度はカレーチェーンのCoCo壱番屋が念願のインド進出を果たした。
インド人もびっくりとなるか、と言いたいところだが、インドカレーとはまた別の「日本のカレー」として受け入れてほしいという。そう言えばコンビニエンスストアも米国発だが、日本で独自の進化を遂げてきた。
米国セブンーイレブンは、今や日本のセブン&アイ・ホールディングスの傘下に入っており、元の親子関係が逆転している。一昨日は米国3位のコンビニを買収するとの発表もあり、さらに大きくなるという。
日本は「雑種文化」だとつくづく思う。国の外から多くを取り入れ、試行錯誤を重ねて血肉とする。もっとも時々、消化不良も起こす。古くは鹿鳴館の欧化熱、最近だとコロナ対策でめっきり増えたカタカナ語とか。

 天声人語より
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コロナ対策費用
お金使うなら、コロナ過で経営悪化の病院支援に。
アベノマスクやGoToより。

猛暑の立秋。〈秋来ぬと目にさや豆のふとりかな〉大江丸。

素粒子より
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夏の日差しがこれだけ強くなると、木々の影を求めながら歩いてしまう。
言葉というのは面白いもので、木陰を「緑陰」と言い換えると、さらに涼しくなるような。しかし「木の下闇」の語を使えば、増すのは涼しさではなく寂しさである。
日本には古来、言霊の考えがあり、言葉には不思議な力が宿るとされた。そう思うと、新型コロナをめぐって政府が設けた「専門家会議」の名には力強さがあった。会議はすでに廃止され、その役割を引き継いだのが「分科会」である。
メンバーは重なるものの、何だか軽くなったような。次の分科会でお盆の帰省問題が扱われるというが、菅官房長官によると「規制に関する注意事項について専門家の意見を伺う」程度。棋聖の是非などは論じてくれるなと言わんはばかりだ。専門家の議論が、政府の観光促進策と矛盾するのを恐れているのか。そもそも「GoTo」事業に対し分科会は慎重な姿勢だった。感染の拡大を踏まえ判断に時間をかけるよう求めたが、受け入れられなかったという。
個々人がそれぞれの事情に応じ、自分で考え、自衛する。それは当然だが、政府が無策であっていいということにはならない。軽んじられているのは専門家か、それとも私たち一人ひとりか。
感染拡大の第2波が来たと、知事たちが口にするようになった。しかし政府の高官はなぜか「第2波」の呼び名を避けている。言葉を封じているうちは手を打たなくてすむとでも、考えいるかのように。

 天声人語より
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政府の対応
GoToの旗をふる手前、帰省は自粛をと言えぬ政府。
心配だ。
お盆後の感染増が。

素粒子より
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花が若さを象徴するのは、はかなく散る姿ゆえである。
そう考えると「老いた花」というのは形容矛盾かもしれない。しかし夏の盛りの紫陽花はそう表現していい。花に見えるのは実はガクで、散ることがない。
色の移り変わりを重ね、紫陽花がいま渋みのある風合いを見せている。最近読んだ認知症専門医、はせがわ和夫さんの言葉を思い出す。認知症になっても人が変わるわけではなく「昨日まで生きてきた続きの自分がそこにいます」。
自らも認知症になった長谷川さんが共著『ボクはやっと認知症のことがわかった』で語っている。人は生まれたときからずっと連続している。認知症のことを「あちら側の人間」と扱うのは間違いだと。
症状に波があることも、なってみて初めて分かったという。夕方は疲れのため混乱がひどくなるが、一晩眠ると頭はまたすっきりする。誰にもある好不調を思うと、まさに「生きてきた続き」であろう。
昨年の日本人の平均寿命は女性の87.45歳、男性の81.41歳とも過去最高となった。高齢化社会は進んでも、老いの内側をのぞくのは簡単ではない。手がかりになる言葉があれば寄り添うための力になる。老夫婦を描いた小説で主人公が自分の内面を表現していた。
寅雄の忘れようは、あの雲に似ていた。薄ぼんやりしたものが漂っていて、それがちぎれたりくっついたり薄まったり濃くなったりしている」。雲の形が刻々と変わる夏空を見上げてみる。

 天声人語より
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原爆投下から75年
75年前の8月6日朝、広島に原爆投下。
〈あすをだれが予見できるか原爆忌〉江國滋。

素粒子より
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TBSドラマ「半沢直樹」の続編を見ていてハラハラするのは、話の筋だけではない。
半沢はじめ、登場人物たちの声の大きさも気になるのだ。「やられたらやり返す。倍返しだ!」の決めぜりふでは、飛沫まで見えるような気がする。
おまけに怒鳴り合う役者たちの顔が近い近い。30㌢もないのではと気をもんでしまうのは、社会的距離が頭にこびりついているせいだろう。撮影はコロナの第1波が直撃する前になされたものだと想像する。
それにしても大きな声が、ここまで疎んじられる時代が来るとは。大声で歌うからスカッとするはずのカラオケが問題視され、ワイワイガヤガヤが楽しい宴会が避けられる。飲み会は4人までと大阪府が要請しているのも、大人数だと声が大きくなるから。
あまり目立たないが、大声問題は武道にも影響している。空手でも剣道でも大きな声を出して気合を入れるものだが、関係団体が発声の抑制を呼びかけている。当方も趣味の剣道の稽古を再開したいところだが、声もなしに竹刀を振るなんて想像できない。
たくさんの人が騒ぎ立てるのが「喧々諤々」なら、遠慮せず直言するのが「侃々諤々」。議論するなら後者でありたいが、どちらの漢字を見てもまずは口を開かないと話にならない。おおごえでもそうでなくても、面と向かい、遠慮なく言い合える日はいつ来るのか。
口角泡を飛ばす。そんな場面が見られるのは昔撮ったドラマのなかだけ。なんてことが続くとすれば寂しい限りである。

 天声人語より
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株の状況
米国のダウ工業株平均が続伸。
ハイテク株中心のナスダック総合指数は最高値を2週間ぶりに更新。

新聞より
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週刊朝日に連載された「街道をゆく」で司馬廉太郎さんが、台湾で見かけた犬のことを書いている。
日本の植民地時代を生きた老人の犬の名を訪ねると、一呼吸置き「ポチです」。これぞ日本という名ゆえ、司馬さんは「言いようのない寂しさ」に沈む。
日本の支配をくぐり抜けた台湾の人たちは、それぞれに日本式の名を持つ。97歳で亡くなった元総統李登輝氏は「岩里政男」だった。台湾で生まれ育ち、京都帝大に学び、日本軍に学徒として動員された人である。
敗戦翌年に故郷に戻り、40歳を過ぎてから政治の道へ。1988年、総統に登用された際は「傍流」「短命」と軽んじられた。それでも母語である台湾語を活かし、民主化に奮闘。総統の直接選挙を実現させた。
「犬が去って豚が来た」。台湾でよく聞く言葉である。半世紀に及ぶ日本の支配がようやく終わったが、入れ替わるように大陸から外省人が押し寄せる。台湾の本音そのものだ。
総統在任中も退任後も、李氏は日本支配に対する嘆きや恨みを公言しようとはしなかった。自宅を訪れた日本人記者の目の前で、曽文恵夫人を「ふみえさん」と呼んだことも。好むと好まざるにかかわらず、日本語をすり込まれた歳月の長さを思わせて、やはり寂しい。
「台湾の運命は自分たち台湾人が決める」。苦難と屈辱に耐え、「民主先生」と呼ばれた李氏の揺るがぬ信念である。政治においても言語においても、台湾とは何かを追及した稀有な哲人政治家であった。

 天声人語より
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1~3月期のGDP
内閣府は6月に発表された2次速報の改定値を公表した。
実質は前期比0.6%減、年率換算では2.2%減で、改定前からの数値は変わらなかった。

紙面より
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カギよし、財布よし、スマホよし。以前ならこの三つを確かめれば外出できたのに、当節はマスクも欠かせない。
駅に向かう途中、忘れたと気づけば、慌てて取りに駆け戻る。
柄も素材も進化が著しいいまのマスクだが、江戸時代には、針金の枠に絹を張り、柿の渋を塗っていた。堀井光俊著『マスクと日本人』によると、鉱山労働者用に使われて、「福面」と呼ばれたそうだ。
スペイン風邪が猛威をふるった大正時代、本紙の記事は「覆面」や「口覆0」と表記している。「咳一つ出ても外出するな」という専門家の忠告の脇には、当時のマスクが写真に残る。白い布製で鼻からあごまで覆う大判だ。
今般、各戸に配られた布マスクは、大正時代より格段にちいさい。計1億3千万枚。だがサイズへの不満のほか、見た目のやぼったさ、届いた時期の遅さもあって、評判はさえなかった。政府はきのうから予定していた施設向けの8千万枚の一斉発送を断念した。やはりというべき失態だろう。
〈マスクの暑さ追い打ちかけて来る夏日〉加瀬田フサエ。そんな川柳があった。歳時記では冬の季語のマスクだが、春はもちろん梅雨の間も着けぬ日はない。暑さの盛りにマスクを洗う自分の姿など、1年前には想像すらできなかった。
きのう通勤の電車内を探してみたが、政府支給の現物は一枚も見つけられなかった。口や鼻を覆うのではなく、目を覆うばかりの官邸と民意のズレは、江戸以来のわがマスク史にどう刻まれるのか。

 天声人語より
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天空に描く平和の円
私にはまだまだやりたいことがたくさんあります。今の私にとっての「人生
百年の計」とは、私が抱いているビジョンを、次の時代、または次の次の世
代、つまり孫やひ孫たちにバトンタッチしていくことです。
保田氏は、戦争の惨めさ、誤った戦争から学んだ教訓を、戦争を知らない次
世代の子どもたちに伝えたいと思っています。今日の大人が作り上げられな
かった平和を、何とか次世代が実現できることを願っています。現在10歳の
子どもが60歳になった頃、世界に平和がもたらされるよう、今のうちに戦争
を知る私たちのビジョンを伝えなければならないのです。
私の父の好きだった英国のビクトリア朝のロバート・ブラウニングの作品に
次のような詩句があります。
 「地上ではかけた弧、
      天上では全き円」
私の今のビジョンは「天空に描く大きな平和の円」です。平和の実現は非常
に時間がかかる壮大な目標です。私の存命中には難しいのです。しかし、そ
の円の中の一つの弧でも実現させるために、私は今後も勇気ある行動を起こ
していきたいと思っています。

 私の証 あるがまま行く---日野原先生
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感染者の家にはもれなく病名を書いた札を貼るべし。
明治半ば、政府内でそんな意見が強まる中、反対の声が上がる。「それは酷。国民はだれも感染予防に協力しなくなる」。
反対派の代表は内務省の衛生局長だった長与専斎である。藩医の家系に生まれ、岩倉具視率いる使節団の一員として欧米を視察。病気の予防を個々人にまかせる日本流とは違い、政府や自治体が尽力していることに感銘した。
日本には存在しない公的な健康保険の仕組みをどう広めるか知恵を絞った。呼称として「養生」「保健」が浮かぶが、しっくり来ない。選んだのが中国の古典にあった「衛生」。字面が高雅で語感も悪くない、とのちに説明した。
各自治体に「衛生委員」を置いて、いまの保健所に近い権能を与えた。悩みのタネは警察との分業だ。感染症が急拡大するたび、患者の強制隔離や近隣封鎖が増える。コレラが猛威をふるった年、警察の過剰介入に異を唱えたが、阻まれる。よほど不本意だったらしく、その年の経験を自ら「明治19年の頓挫」と呼んだ。
専斎の業績にくわしい小島和貴桃山学院大法学部教授によると、役所が感染者をまるで犯罪者のように扱う危うさを専斎は見抜いていた。「官と民の協力こそ感染症を抑える最善の策だと確信していたからです」。
現下のコロナ禍でも政府の対策に強圧の影がのぞく。風俗営業法を根拠にして警官を店に立ち入らせるのは果たして良策か。後世に「コロナ期の頓挫」と嘆かれたくはない。

 天声人語より
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体の「老化」と心の「老い」は別物
男女とも平均寿命は80歳を超えました。高齢化社会で問題になるのが、「平均寿命」と「自分で自分のことができる健康寿命」との差です。男性ではほぼ9年、女性では13年近く介護を受けたり、あるいは寝たきりで過ごしたりしています。この期間をいかに短くするかが、医療従事者の課題です。
一概に「老い」といっても、生物学的な「老化」と、人間的な「老い」は別物です。人間として抗しきれない老化の中で、いかに生命の意味を見いだしていくか。「土の器」とも例えられるもろい人間の身体は、ひび割れたり壊れたりもします。それでも私たちは与えられた時間の中で、その器に何を入れていくか、模索し続けるのです。
もし社会が老人を疎んじ、ポンコツ車のように見下すなら、それは真の文明社会とはいえません。必要なのは、社会がもっと交わりの中に高齢者を入れ、温かい心で包み込み、高齢者に「役割」を与えることです。私が日ごろから平和の重要性を語るのは、高齢者が居場所を得て輝くためには、社会がまず、平和であることが前提となるからです。
若い世代を含め、一人ひとりが参与しなければ、本当の健康社会は日本に実現されない。

 私の証あるがまゝ行く----日野原先生
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降る雨はどろりと黒く、泥のように重い。
20歳の矢須子は小舟で広島市街へ戻る途中、不気味な雨に打たれる。洗っても洗っても黒い汚れが落ちない。井深鱒二原作の映画「黒い雨」である。
8月6日、原子爆弾で焼き尽くされた広島の街に奇妙な雨が降った。「万年筆ぐらいな太さの棒のような雨であった。真夏だというのに、ぞくぞくするほど寒かった」。矢須子は日記にそう描写した。
原爆投下から75年、黒い雨を浴びた人たちが被爆者と認めるよう求めた訴訟が、きょう判決を迎える。広い降雨範囲のうち「大雨地域」のみを特例扱いするのはおかしいと5年前に提訴した。
原告は「小雨地域」などにいた約80人。被爆の影響と思われる症状と闘ってきた。「畳の破片やペンが空から落ちてきた。その後黒い雨が降った」「雨でシャツが黒くなった」。裁判の書面にはそんな声が並ぶ。判決を待たず10人以上が亡くなった。
国が「大雨」と「小雨」の境界を定めたのは1976年。地元には直後から線引きを問題視する声があった。「自宅前の川の向こう岸は放射能の雨で、こちら側はただの雨とされた」。機械的に線を引き、墨守しようとする行政のあり方はやはり納得できるものではない。
映画の矢須子は当初こそ健康に見えたが、原爆のもたらす症状が次々に現れ、髪の毛もごっそり抜け落ちる。あの場面、あの恐怖こそ被爆の実相ではないのか。黒い雨が降ったのはわずか数時間、戦後75年を経てなおも人々をさいなむ。

 天声人語より
きようの判決によると原告は84名(うち9人は死亡)原告全員の被爆者と認める判決がくだった。
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