2019年05月の記事


解散風
「風はきまぐれ」と首相。
さぞかし楽しかろうな。
解散権をもてあそぶ。

素粒子より
コメント (0)

トランプ米大統領とゴルフをし、相撲を観戦した際、安倍首相は珍しく眼鏡をかけていた。
黒縁眼鏡がトレードマークだった父上、安倍晋太郎氏を想起した方も多かったのではないか。
「政界のプリンス」と呼ばれたが、首相の座に近づいたかに見えた1991年、急逝する。67歳。日本車や鉄鋼などの輸出で米国が態度を硬くした時期に外相を務めた。
外相在任中の著書『創造的外交をめざして』を開いてみる。首脳間のもてなしの大切さを説く一方、外交理念を詳述する。「日本が米国に依存していることで、あまり卑下すると日米関係を悪くする」「できないことはできないと説得する。それが日米では大事」。いまに通じる教えだろう。
さてトランプ氏の訪日も28日まで。ゴルフ、相撲、晩餐会と下にも置かぬもてなしが続いた。外交メディアにも驚きだったらしく、米テレビは「安倍首相の取り入り方が目を引く」、ロシア紙は「トランプ氏にとって安倍首相は大国で唯一の友人」と報じた。
だがそんな最中、当の大統領から意表を突くSNS発信があった。いわく、北朝鮮のミサイルは「私を困らせていない」。日部宇貿易交渉は「参院選が終わるまで待つ」。いまなぜ、こんな投稿をしたのか真意がつかめない。
抱きつき、泣きつき----。トランプ氏に対する度外れた厚遇ぶりには、そんな言葉しか浮かばない。骨のある外交哲学をもった晋太郎氏が健在だったなら、ご子息の今回の仕事にどんな点数をつけるだろう。

 天声人語より
コメント (0)

バイトの問題
おふざけでは済まされぬ。
「バイトテロ」を書類送検。

 素粒子より
もっと厳正に対処すべきだ。
コメント (0)

地球儀を模したトロフィーを羽織はかま姿の男性が抱かえようとすると。「ヨイッショー」。館内から一斉に声が飛ぶ。
足取りも頼りげないパンアジア航空のデビット・ジョーンズ氏は千秋楽に欠かせない人気者だった。
米国本社はトロフィーの贈呈を打ち切ろうとする。「相撲は日本では特別な意味を持つ」と説いて翻意させたのがジョーンズ氏だ。帰国の打診も断り、楽日の大役を30年務めた。「アンタクサ、ヨー頑張ッテ、ヨカ成績バ収メタ」などと方言を駆使して観客を喜ばせた。
26日の国技館に現れたトランプ米大統領ははたしてむ相撲を楽しんだのか。館内で取材した同僚によると、腕を組み、笑みが乏しい。取り組みの間、拍手を送る場面は少なかった。
表彰式では一転、高揚した表情を見せる。白い布で覆ったトロフィーをにぎにぎしく披露。「レイワ・ワン」と新元号を読み上げて場内が沸くと、いかにも満足げだった。よほど自己暗示欲が強いのだろう。
思い出すのは、トランプ氏がかつて米国のリングで見せた呵々大笑ぶり。前髪をカツラと疑われたのが原因で、プロレス団体代表と、丸刈りをかけた代理レスラーの対戦を提案。トランプ氏側が勝ち、自らバリカンで敗者の髪を刈り上げた。政界で泡沫候補扱いされたころの話である。
「相撲は単なるスポーツを超えた文化」。ジョーンズ氏の言葉だ。「ヒョーショージョー」。89歳で亡くなるまで相撲に愛情を注いだ氏の、甲高くも懐かしい声が耳の奥でこだました。

 天声人語より
コメント (0)

川崎の事件
けさの現場。
白ユリが雨にぬれそぼつ。
容疑者死亡で事件に靄がかかるのを恐れる。

 素粒子より
コメント (0)

日本語の「おおやけ」と、英語の「パブリック」。同じ言葉なのに、どこか語感が違うと思っていた。
語源を調べて納得した。おおやけはもともと「おほ(大)やけ(宅)」。大きな建物の意味から朝廷などを指すようになった。要するに「お上」である。
パブリックの方はラテン語の「人びと」から派生したという。そう思うと「公共」という言葉も生き生きしてくる気がする。東京で始まったドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館」を見た。
荘厳な造りの本館と、数多くの分館。そこでの活動は図書館の枠を大きく超え、人びとの中に入ろうとしている。座談会が頻繁に開かれ、科学者や詩人らが語りかける。子ども向けの数学教室や大人向けの就職フェアも。
家にインターネット環境のない人に、接続機器の貸し出しまでしている。「人びとをデジタルの闇から救う」との声が館員口から出る。活動を支える資金の半分は民間からの寄付である。公立ではなく公共図書館なのだ。
図書館は民主主義の柱だ---。映画のなかでそんな言葉もあった。貧富や肌の色に関わらず、すべての人が「知」に触れられることが民主主義の基盤であると。反知性主義や分断が広がるとされる米国だが、全く違う顔がある。
私たちが図書館に持つ印象は受験勉強か、無料貸本屋か。いやいやどうして、日本でも活動の幅を広げるところが増えている。ニューヨークと言わずとも、いつもと違う図書館へと足を延ばすのも悪くない。

 天声人語より
コメント (0)

新天皇の対応
すべて西暦で。
皇室と米国の関係を語る「お言葉」に元号なし。
明快で新鮮だった。

素粒子より
コメント (0)

あなたなら、どちらの言葉が心に響くだろうか。A「ウソをつかないで」、B「ウソつきにならないで」。
心理学の実験をしたところAはウソが減る効果がほとんどなかったが、Bは激減したという。行動より人格のことを言われた方が身が引き締まるようだ。
脳研究者の池谷裕二さんが近刊『脳はなにげに不公平』で紹介していた。以下は池谷さんが考えた応用例。「裏切らないで」より「裏切り者にならないで」。「私の状況を理解して」より「私のよい理解者になって」。
さて話は政治家の失言である。自民党が最近、「失言しないで」との願いを込めたマニュアルを議員に配った。歴史認識やジェンダーなどは失言を招きやすいと細かに助言している。受け狙いに走ることも戒めており、手取り足取りである。
必要なのはむしろ「失言するような政治家にはならない」という議員たちの決意ではないか。意見の分かれる問題を避けるのではなく、真剣に勉強して向き合う。政治の助けが必要な人たちのことを思い、多くの人に届くよう言葉を磨く。
議員を「選良」と呼ぶのが、はばかられる昨今である。政治家がおかしくなったのか、録音が容易になり、元々のおかしさが露呈したのか。戦争で北方領土を取り返すのをよしとするような発言をする議員まで現れた。
その彼の周りから辞職を求められても、やめるつもりはないという。まさか「私のような議員にならないで」と、同僚たちに教え続けるためではあるまい。

 天声人語より
コメント (0)

5月なのに
北海道゛39.5度って。
目がくらむ。
五月晴れが痛い。

素粒子より
コメント (0)

「とうめいこうそく」という言葉を初めて聞いたとき、SF映画にでてくる「透明」な未来の道路のことを想像した。
だからいまでも東名高速を走ると、ちょっと抜けていた自らの子ども時代を思い出し、ひとり苦笑してしまう。
後に聞いたのは、東京と名古屋をつなぐ東名の名前は通称で、正式には第一東海自動車道とよぶということ。新東名は第二東海自動車道。ご存じの方は驚かないだろうが、呼び方が違うとイメージはかなり変わる。
「いま考えれば、よくつくったなと思います。てにかく工期に間に合わせようと連日、深夜まで必死でした」。そう話すのは旧日本道路公団の技師だった奥園誠之さん。26日で東名高速は全線開通から50年をむかえる。
日本中が建設ブームに沸いた高度経済成長時代である。道路づくりの「土」の専門家だった奥園さんは、各地で丘を切り崩し、土を盛り、軟弱地盤の対策を練った。東名の工事では同じところで3度も地崩れが起き、対応に追われた苦い記憶もあるという。
奥園さんにとって道路は人間と同じだ。病気になっていないかと医者のように診察し、問題があれば処方箋を書く。OBになっても地震や大雨といった災害ニュースを聞くと、「自分がつくった場所は大丈夫か」と気になって仕方がないそうだ。
道は人によってつくられる。東名高速を利用する車は1日に約41万台。目には見えないものだけど、半世紀まえの技術者たちの思いの上を、きょうも人と車が走っている。

 天声人語より
コメント (0)

がん予防も運動から
日本人のがんによる死亡は1960年代から増え続けています。がん統計によると、2005年の患者数は67万人、死亡数が34万人と、約半数の方が亡くなっている。74歳までにがんになる確率は47%で、74歳までにがんで死亡する確率は21%。2人に人のはがんになるということだ。
米ハーバード大の有名な研究では、がんの要因はたばこが30%を占め、食事や肥満など生活習慣による影響も大きい。日本人では、たばこによるがんは、年間約9万人に上る。そして肥満もがんのリスクになる。私も14年ほど前は、不摂生で体重が85㌔ぐらいあった。血圧も180ぐらいで、コレステロール値も300近く。思い立ってダイエットを開始。約半年間で25㌔減らし、今もその体重を維持している。
その方法は、低炭水化物ダイエット。海外の論文を読んでこれだと考えた。徐々にご飯、パン、麺類を減らしておかずをメーンにするもの。カロリーはタンパク質で取った。自分で自分を褒めながら続けた。ジョッキングを始め、マラソンにも挑戦している。
がんを防ぐにはまず、適度な運動に加えて、禁煙、健康な食事、検診だ。日本のがん検診受診率は2割を切る状況で、先進国で最低だと言われている。
ただ、それでもがんになってしまう人は多い。その時は、医師とコミュニケーションをよくとって信頼できる情報を得て、自分を責めず、頑張りすぎず、あきらめないで欲しい。

 紙面より---勝俣範之
コメント (0)

暑い日に日傘を差し、ささやかな涼を取る。女だけのものにしておくのはもったいないと考えたのだろうか。
江戸時代の後期、武士や町人の男たちのあいだで、白い日傘が流行したという。
しかし、すぐに待ったがかかる。江戸幕府が、医者と女性以外の日傘を禁止したのだ。倹約のためというが、もしかしたら武士に日傘など似合わないとの考えもあったか。いずれにせよ、日傘は女性のものという習慣が定着を見た。
それが変わるのかどうか。「熱中症対策のために男性も日傘を」と環境省が呼びかけを始めた。日傘を差すと、帽子をかぶるのに比べ、汗の量が17%減るとの実験結果も示した。
「日傘男子」なる言葉も、ここ数年耳にするようになった。当初は肌を傷めないためだったように思うが、最近は暑さ対策が言われる。国際社会が地球温暖化を抑え込めないなか、小さな対応策を重ねる必要が出てきたか。
男性用の傘の売り場をのぞくと、日傘もあった。試みにクリーム色の1本を買い、外で開いた。涼しさは分かるが、正直いって日常的に差すには抵抗感がある。男たるもの---という発想はあまりない方だと、自分では思っているのだが。
最近の報道によれば、東京都少年サッカー連盟で、夏休み期間中の公式戦を控える動きが出ているようだ。これまでの習慣や常識にこだわっていられない。そんな日本の熱さである。この週末は各地で30度を超えるという予報が出ている。

 天声人語より
コメント (0)

夏を乗り切る。カリウム補い、疲れにくく
夏バテ予防「ビタミン、ミネラル補給」です。これらの栄養素は、夏場は消耗しなすくなりますので、不足分を補いましょう。特に注意したいのがカリウム。
大量の汗とともにカリウムも排出されると、疲れやすくなったり、無気力になったりして、低カリウム血症となることもあります。
今回のおすすめは、そのカリウムをたっぷり含んだ「トマトとスイカのスムージー」です。「カリウムはこのほか、イモ、海草類、小松菜、ブロッコリーなどに多く含まれています。カリウムは水に溶けやすくので、ジュースやスープだと、効率的にとれます」
ビタミンB1も水溶性でした。栄養素によって、水に溶けやすかったり、熱に弱かったりという特徴があるので、覚えておくといい。
トマト1個(約200㌘)は種とヘタをとり、スイカ(約200㌘)も皮をむき種をとり、それぞれ一口大に切ります。レモン汁大さじ1、はちみつ、氷各適宜、塩小さじ5分の1を入れ、とろりするまでミキサーにかける。グラスに注ぎます。ナトリウム補給のために加えた少々の塩が甘味を引き立てます。
このほか、小松菜とバナナ、ゴーヤーとパイナップルの組み合わせもさわやかでおいしいです。(2人前)

 おかずラボより------管理栄養士・清水加奈子
 
コメント (0)

占領下の日本を取材した米国の記者による『ニッポン日記』に、こんな場面がある。
連合国軍総司令部が、自分たちのつくった憲法草案を日本の閣僚たちに渡す。15分間だけ与えるから読めと言って、ベランダに退いた。憲法が「強制」された瞬間である。
戻ってきたGHQ幹部は言った。「原子力的な日光の中で陽なたぼっこをしていましたよ」。原爆をにおわす言葉は、力を背景に新憲法が生まれたことを示唆する。このエピソードを最初に詠んだのはたしか、文芸評論家・加藤典洋さんの『敗戦後論』だった。
加藤さんは、憲法の平和原則を貴重なものと考える立場である。だからこそ憲法が「強制」されたことを直視しなければいけない。そんな訴えは新鮮だった。
自分の力で勝ち取ったわけではないことを、護憲派は過小評価し、ほおかむりしてきた----。挑発的な言説は波紋も呼んだ。それでも、平和主義がひ弱であってはいけないという立場は一貫していた。
加藤さんの本を開くと、ときに自分たちの古傷をえぐられる気持ちになる。憲法の出自の話だけではない。敗戦以来ずっと日本は米国に従属しているのに、そこからみんな目をそらしているのではないか。デビュー作『アメリカの影』のテーマである。暮らしが豊かになり、米国と対等のつもりでいた当時の日本社会に、石を投げつけた。
加藤さんが71歳の生涯を閉じた。投げ続けてくれた石は、私たちの手の中にある。

 天声人語より
コメント (0)

国会の開催
過去は消せない。
でも克服は出来る。
日韓は対話し、知恵を出そう。
かつて先人が危機を乗り越えた時のように。

日韓に限らず、いま国会が論ずべきテーマは山積みだ。
なのに主舞台の予算委員会は衆院83日間、参院で57日間も開店休業の惨状にある。

素粒子より
与党だけでなく、野党にも責任がある。
コメント (0)

「鉄のカーテンが、下ろされた」。1946年にチャーチルが発した言葉は、東西冷戦の始まりを告げるものになった。
こちらの発言も人々の記憶に残ることになるか。米国と中国の間に「経済的な鉄のカーテンが下ろされるかもしれない」。
元米財務長官ポールソン氏が昨年11月に口にした。中国企業が技術を盗んでいるとして、米ビジネス界は反発する。米政界にも反中感情が広がり、中国への対決姿勢は強まる一方だ。それは長い目で見て米国経済にマイナスになると警鐘を鳴らした。
残念ながら懸念は的中しつつある。米政府は中国からの輸入品の関税を引き上げ始めた。さらには中国の通信機器大手に部品を売ることも米国企業に禁じた。
中国が通信技術で主導権を握れば、安全保障上の脅威にもなる。今や軍隊も兵器も通信の網の目の中にあり、軍事情報が中国の手に渡るかもしれない---。そんな心配からの兵糧攻めである。
米国外交の伝統をぶち壊してきたトランプ氏である。しかし、こと中国との摩擦は「トランプ問題」とは言えない。タカ派が党派を超えて広がっているのだ。民主党幹部が大統領にあてたツイートが物語る。「強硬を貫け。力こそ中国に勝つ唯一の道だ」。
「新種の冷戦」。英誌エコノミスト最新号は米中摩擦をそう表現した。かっての米ソの貿易量は1年に20億㌦、現在の米中は1日に20億㌦。同誌が載せた数字は両国がいかに深く絡み合っているかを示す。全面対立がいかにばかげたことかも。

 天声人語より
コメント (0)

ホームで続く悲しい問題
11年間の介護の末に、ともに定食屋を切り盛りした妻を送った82歳。
認知症が進み、頼った老人ホームで、なぜ。

素粒子より
コメント (0)

屋久島に暮らした詩人山尾三省さんには、雨の情景をつづった詩がいくつもある。
そのうちの一つ、「雨の歌」は<雨降るは よろし>で始まる。<ささやぶのささの葉から/おびただしく滴の流れおちるは よろし/川音高きは よろし>。
雨を喜んでいるというより、雨を受け入れている。そんな気持ちが<よろし>から伝わる。<古くなった家に雨漏りがして/洗面器でそれを受けるのも またよろし/洗濯物が乾かぬは けれどもにくし>。
「ひと月に35日降る」とも言われるほど、屋久島は雨が多い。その島にしても、18日は思いがけぬ雨量だったか。島の東部のあちこちで土砂が流され、登山道や自動車道路をふさいだ。縄文杉をめざす登山者たち300人余りが、一時取り残された。
「屋久島は雨が降るのが普通と思っていたが、甘く見ていた」。不安な一夜を明かした登山者の言葉があった。水を十分に持っていたからよかったとの話がある。一方で、乏しい呼びの食料を分け合った例も。備えることの大切さを思う。
気象庁によると、今回もまた「50年に一度の記録的な大雨」だった。そう簡単に降らないはずの雨が、毎年どこかで降る。昨年の梅雨がこの国にもたらした爪痕を、忘れないようにしたい。交通が寸断されたとき、水や食料の備えが役に立つのは山に限らない。
毎年やって来る梅雨を、山尾さんは<時季のめぐみ/時季のめぐり>と書いた。恵みを望み、災いなきを願う時季である。

 天声人語より
コメント (0)

豪雨の後は
空は一転、五月晴れ。
<若葉して又新なる心かな>漱石。

素粒子より
今週は暑くなると天気予報は言っている。
まだ5月だが、熱中症には気つけようと天気予報でも警告していた。
コメント (0)

ダスティン・ホフマン主演の映画「卒業」の冒頭に、奇抜な場面がある。
大学を卒業した主人公が地元に戻り、パーティーで旧知の紳士に会う。そして唐突にこんなひとことを言われる。「プラスチック」。
紳士は続けて、プラスチック業界は将来性があると話すが、栄華の作り手が何かを暗示しているようにも思える。評論家の町山智浩さんは「作り物、見せかけ、インチキ」の意味が込められていると見る。
醜い現実に目をつぶり幸福なふりをするアメリカ中産階級のことにも聞こえると。プラスチックそのものも長い間、快適な生活を支えてきた。しかし裏側にある醜い現実が覆い隠せなくなっている。
今の焦点は、汚れが残るプラスチックごみ、すなわち、ペットボトルや農業用ビニールなどだ。リサイクル資源として多くの国が輸出するが、処理できない場合もある。結局海のごみとなっていると指摘され、国際機関が輸出の規制に乗り出した。
波などに砕かれ、目に見えぬ粒になって魚の体内に入る。魚を食べた人の健康被害はまだ判明していないが、自然界に存在しなかった物質が自然を包囲するようになったのは間違いない。日本もタイなどにプラスチックごみを輸出している。
映画は主人公が花嫁を連れ出す名シーンで終わる。それまでの過ちやしがらみを洗い流す爽快感がある。日常に絡みついた物質には、すかっとした解決策などない。地道に減らすのみである。

 天声人語より
コメント (0)

GDPの不思議
消費が減→輸入も減→輸出から輸入を引いた外需は増。
統計のマジックがおしあげた。
実体も実感もなく。

素粒子より
コメント (0)

昭和30年代の前半は流行語が豊作だった。「太陽族」「神風タクシー」「一億総白痴化」。
いまでは意味の通じにくい例もあるが、その点「ケ・セラ・セラ」は格が違う。流行が世界規模で、人生訓としても古びていない。
人生はなるようにしかならない---。明快かつ楽天的な哲学を広めることに貢献した。計画性の欠如を指す含みはあるものの、仕事や人間関係に行き詰まった夜など、口にするだけで気分が軽くなる。
ペギー葉山さんの歌が有名だが、もとは1956年の米映画「知りすぎていた男」の主題曲である。「ケ・セラ・セラ なるようになる」と伸びやかな声で歌った主演のドリス・デイさんが今週亡くなった。97歳だった。
米紙の訃報を読むと、私生活は波乱に満ちていた。子ども時代に両親が離婚。交通事故に遭ってダンサーの夢を絶たれる。4度の結婚はいずれも破局を迎え、最愛の息子にも先立たれた。思うようにまかせない歳月が続いたようである。
芸能の第一線を退くと、動物愛護の活動に打ち込む。米西海岸に居を定め、愛するペットたちに囲まれて暮らした。「人間のことを知れば知るほど、ますます動物画好きになる」と語っている。先月の誕生行事にはファンが300人も集まった。
「子どもっぽくて歌いたくない」。初めて曲を示された日、彼女は不満顔を見せた。だがその歌が生涯を代表する看板曲となり、多くの言語でいまに歌い継がれてきた。まさに人の世はケ・セラ・セラである。

 天声人語より
コメント (0)

衆参ダブル選挙?
官房長官が火をつけ、政調会長があおり、選対委員長が冷ます連係プレー。
大儀なき党利党略の議論。

 素粒子より
コメント (0)

放課後の教室に陽気な声が響く。〈水槽のナマズは動くこともなく居残る生徒が笑い出したり〉。
歌の作者は生物工学が専門の教諭森垣岳さん。勤務先である兵庫県立農業高校を尋ねた。
「短歌を作り始めたのは社会に出てから。大学での専攻は園芸学で、文学は勉強したことがありません」。担任を持ち、教壇に立ち、部活を指導する合間に、歌が頭に浮かぶと指でスマホに打ち込むそうだ。
〈男らがビニールハウスに集まりてファレノプシスの花と受精する〉。ファレノプシスは胡蝶蘭のこと。男子生徒が並んで蘭に授粉する光景に、人と花が交わるSF世界を創造した。〈友人の少ない生徒サイダーのビンに小さき蛇入れて来る〉。ヘビを飼いたいと相談に来る男子もいる。
〈一モルの酸素を吸えば満たされて我も大気の一部だと思う〉。一定量の酸素を吸い、二炭化炭素をはき出す人間は、循環する大気の一通過点でしかない。歌の多くに理系ならではの感性が光る。
農業高校と聞いて牛舎や田畑ばかりを想像していたが、森垣さんの案内で歩くと、校舎内ははまるで最先端の遺伝子研究ラボのよう。花や果物の品種開発などバイオサイエンスの分野が特に人気だという。科学的な歌が次々生まれるのもわかる気がした。
〈烏より黒き和牛が売られてゆく生徒の群れに手を振られつつ〉〈植え込みのまばらに枯れたツゲの木と劣等生に親しみを持つ〉。生徒たちに注ぐまなさしは温かい。励まし、励まされる日々が続く。

 天声人語より
コメント (0)

救命につなげるために、AED使用をためらわずに
新潟県の高校で野球部の女子マネージャーがランニング直後に倒れ、先月死亡した事故は、いつAEDを使えばいいのか、現場での判断と実行の難しさを問いかけた。
女子生徒は、死の間際に脳への血の流れが止まりかけ、あごや肩、胸や腕が、途切れ途切れにあえぐように動く「死戦期呼吸」の状態だったと思われる。(ギャスピングと現場や医療機関では言う)実際に空気は吸えていないが体が動くので、周囲の人たちは心臓が動いていると思い、AEDを使わなかったのかもしれない。息をしているかのように見えてしまう死戦期呼吸のことを多くの人に知ってもらいたい。
息が止まっていれば、すぐに心臓も止まる。現場に居合わせた人は、あえて患者の脈に触れる必要はなく、息をしているかどうか、だけを目で見たり耳で聞いたりして判断すればいい。講習会でも死戦期呼吸を教えるときは動きが大げさになりがちだが、実際には分かりにくい場合もある。突然の事態に直面した一般の人たちに冷静な判断を求めるのは無理だろう。息をしていないことが疑われるときは、一刻も早く胸骨圧迫をしたり積極的にAEDを使ったりすることが大切だ。
日本のAEDの普及率は世界でもトップクラスだ。的確な設置場所やきちんとした保守管理など課題はあるが、使い方はよく知られるようになった。消防白書によると、2015年に病院外でAEDが実際に使われたのは約1100件で600人ほどの究明につながった。だが、蘇生措置を行えた可能性のある人は数万人とみられ、市民の的確な判断と行動なくして救命率の向上はない。
人が倒れた現場は混乱し、AEDの音声支持も聞き取りにくいだろう。電気ショックのボタンを自ら押すことをためらう心理も働く。居合わせた人がAEDの電極を患者に貼り付けさえすれば、ボタンを押す必要もなく、自動的に除細動をする「全自動」AEDを開発し、早く導入すべきだ。技術的には可能で、間違って放電されることや救助者の感電を防ぐ方法もある。メーカーや行政は積極的に取り組んでほしい。
胸骨圧迫やAEDの使用では、衣服を破ってでも脱がすなど患者のプライバシーが守れない場合がある。
一般の人が処置をためらったり、蘇生がうまくいかなかったりした時に責任を問われることを恐れるという気持ちも考える必要がある。
こうした背景には100%の安全と結果責任を追及する最近の日本の風潮があると思う。市民の善意を生かし救命率を上げるためには、米国やカナダなどのように「緊急事態に直面した善意の処置者は、その結果に対して責任を負わされない」という「よきサマリア人の法」の整備が必要だ。

 私の視点より----聖路加国際大学院特任教授・宮坂勝之

善きサマリア人の法(よきサマリアびとのほう、英:Good Samaritan laws
とは
「災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない」という趣旨の法である。誤った対応をして訴えられたり処罰を受ける恐れをなくして、その場に居合わせた人(バイスタンダー)による傷病者の救護を促進しよう、との意図がある。
コメント (0)

「三角形から正方形を切り出す」「毎週土曜は風呂に行く」「キツツキの舌を描写する」。
レオナルド・ダヴィンチは、そんな「やることリスト」を毎日のように書いた。
今春刊行された米作家アイザックソンのダビンチ伝によれば、それら手書きの遺稿は7千枚も現存する。ダビンチは学校教育をほとんど受けていない。洞窟で化石探しに熱中するなど、幼いころから好奇心は旺盛。「教育よりも経験の方が大切だ」と書いている。
評伝を読んで意外に感じたのは、途中で投げ出してしまった研究の多いこと。鳥の羽根を調べ、人間を飛翔させる人口翼の設計に熱中した。ヘリコプターや戦車の原型となる構想も温めたが、一つとして実現していない。大都市に運河を走らせる事業にも意欲を燃やしたが、計画倒れに終わった。
「教えてくれ、教えてくれ。私に一つでもなしえたことがあるなら---。完成したものがあるなら」。悲痛な嘆きを書き残した。絵画にも未完成作が多く、現存する作品は「モナ・リザ」「最後の晩餐」など20点に満たない。
後世の人物像には幅があるものの、どうやら飽きっぽく、ものごとを投げ出す傾向があったのはたしからしい。怠け癖というより、ダビンチならではの、ずぬけた完璧主義のなせるわざかもしれない。
ともあれ、およそ近寄りがたい天才だと思い込んでいたが、もろもろ欠点もあったとわかると、凡人はにわかに親近感を覚える。今月は没後500年という節目の月である。

 天声人語より
コメント (0)

「健康づくりのための身体活動基準2013」は身体活動を「運動+生活活動」
日々のちょつとした動きもスポーツ並みの健康効果があり、ちょっと体を動かすことを増やす「プラス10」を推奨。そうすれば、がんや認知症を減らせるという。
では、どうすれば生活活動を増やせるのか。まず起床から就寝までに、どこで体を動かせるか1日を振り返ることだ。
通勤時に早歩きしたり、掃除や洗濯でキビキビと動いたり。そんな小さな動きが「ちりも積もれば山」。1日10分でも、1週間で合計1時間でもいいし、途中でやめても三日坊主を繰り返すつもりでも構わない。
自分の身体活動レベルを知るときには活動量計が役に立つ。
歩数計の機能に加え、家事などの生活活動で1日に体を動かして消費したカロリーが示される。活動量が基準や目標に対して十分なのか下なのか客観的に教えてくれる。
いわば自分の現在地を示すナビ。最近は結果をパソコンやスマホに送って確認できる。
注意点は、体を動かす次官は一気に増やさず、体調が悪いときには無理をしない。痛みが出たら、医師や運動の専門家に相談を。夏場などは炎天下を避け、熱中症に気をつけよう。

 元気のひけつより
コメント (0)

映画界に入ってまもない京マチ子さんは、鏡を見てため息をついた。「私の眉毛は太すぎて時代劇に向かない」。
舞台ならごまかせるが、顔が大写しになる映画では難しい。意を決して自ら眉をそり落として臨んだのが「羅生門」である。その熱意にさしもの黒澤明監督も驚いた。
大阪市の生まれ。3歳で両親が離婚し、さびしい日々を送る。少女歌劇の世界にあこがれ、ダンスチームの一員として舞台に立った。2度の空襲で焼け出されるも、なんとか終戦を迎えた。
出世作は、谷崎潤一郎原作の「痴人の愛」。カフェで働く15歳の少女ナオミが、自分を調教しようとする男性を逆に翻弄していく。谷崎ならではの耽美の世界を演じきった。
自身は肉体派女優と評されることを好まなかった。゜羅生門」がその転機となる。しおらしく泣く。けたたましく笑う。かと思うと男の顔にツバを吐く。鬼気迫る演技は内外で゜高く評価された。
「現代、徳川、平安、天平、いずれにも向く。源氏物語、平家物語、太平記、太閤記、近松物、西鶴物、いずれの世界の女性に扮しても似合ふ」。その縁起の奥行きをたたえた谷崎が、そんな京マチ子論を書いている。
14日夕、訃報に接し、代表作のいくつかを見直してみる。淑女、才女、艶女、悪女、狂女----。戦争下でためこんだ情熱を解き放つかのような表現力に改めて見入る。日本映画が世界に進出し始めたじだい、欠くことのできない一代のヒロインであった。

 天声人語より
コメント (0)

日米も貿易摩擦に?
さあ来たぞ。
日本車の対米輸出制限の報道あり。
「安倍抱きつき外交」で大丈夫か。

素粒子より
コメント (0)

原田甲斐といえば逆民(むほんの心をもった臣下。君主にそむいた家来。げきしん。)の代名詞であろう。
江戸前期に起きた伊達騒動で絶命した実在の人物で、歌舞伎や浄瑠璃には「仁木弾正」の名で登場する。仙台藩の主君を陥れ、幼君を殺そうとした悪人として描かれる。
原田の地元にあたる宮城県柴田町船岡地区では、正反対の人物像が語り継がれてきた。「私心のない重臣」「身を捨てて藩を救った」と。居城だった船岡城下の有力者たちは城主原田を悼み、名を伏せた墓を建てて祈りを捧げてきた。
「この町の人々にとって原田をあがめ供養するのは、潜伏キリシタンのような営みでした」。町おこし会社「しばたの未来」の晋山孝善社長は語る。忠義の士としていま一度世に伝える道はないかと考えた。念頭にあったのは、山本周五郎が小説『樅ノ木は残った』で描いた清廉な生き方だ。
原田の実像に迫る講談の制作を思い立つ。意気に感じた講談師の宝井琴梅さんが船岡地区を歩き、郷土史家にも会って、自ら筆を起こした。昨秋以降、書き上がった章から順に原田ゆかりの寺で演じてきた。
歴史とは勝者の書いた記録であって、敗れた側はことさら卑しく描かれる。それにしても原田ほどゆがめられた人物はそういまい。歌舞伎の舞台ではネズミに化ける妖術使いである。
棺を蓋いて事定まるとは言うものの、希代の奸臣、悪のネズミとして評価が固まるのは、地元にはやはり耐えがたい。死して三百数十年、城主の汚名をそそぐ住民たちの思いに打たれた。

 天声人語より
コメント (0)

裁判員裁判。
得がたい経験になると思うが、いろんな事情もあるのだろう。
昨年の裁判員の候補者の辞退率は過去最高の67%。

 素粒子より
上級審で覆されるのでは、やる気がなくなってしまうのも当然だ。
コメント (0)

「山王」「赤武者」「薬師大力」。堂々たるしこ名の牛たちがうなり声を上げ、巨体を揺らして攻め合う。
角と角がぶつかる音に息をのむ。新潟県長岡市山古志無地域で、「牛の角突き」の本場所が今月から始まった。
「千年続いたと語り継がれる角突きですが、15年前、中越地震の直後はもう続けられないのではと思いました」と話すのは闘牛会の松井冨栄会長。川が地滑りでせき止められて自宅が水没し、牛舎も倒壊したという。
山古志地域は道路が途絶し、全村避難を余儀なくされる。松井さんは就職先から地元に戻り、父のともに、牛たちの救助に奔走した。翌春、会社を辞めて帰郷し、角突きの復興に全力を注ぐ。
闘牛会は昨春、場内への女性の立ち入りを解禁している。牛の女性オーナーが笑顔で歩く姿が各紙に報じられた。おりしも角界で「女人禁制」の是非が議論されたころである。松井さんによると、この決断に批判はまったくなかったという。
巨牛と巨牛のぶつかり合いに観衆が熱中して飲食を忘れ、日の傾きにも気づかない----。江戸の昔、滝沢馬琴は『南総里見八犬伝』で山古志の闘牛に酔いしれる観客の姿を描いた。今回初めて闘牛を見たが、その迫力にまさに時のたつのを忘れた。
震災直後のみならず、過去には飼育農家が激減して絶えかかったこともあるが、住民らの奮闘で再生した。若い人材が育ち、女性ファンが増えたのは柔軟な運営の成果だろう。百年先、千年先までにぎわいが続くよう祈った。

 天声人語より
コメント (0)

米中貿易戦争
もはや米中の関税合戦は経済合理性を超え、体制を賭けた覇権争いの様相。
引くに引けぬ同士の妥協点はとこに。

 素粒子より
コメント (0)

ラグビーボールや木の葉のかたち。世の中に楕円のものはいろいろある。
教科書風に言えば「2定点からの距離の和が等しい円」という。やや複雑な定義になる。ふつう円は一つの中心から描くが、楕円は定点を二つおくのがポイントだ。
「ひとの心のかたちも楕円形ではないでしょうか」。順天堂大名誉教授の樋野興夫さんはそう語る。病理学者としてがん細胞の研究を続けてきた。約10年前、治療だけでは患者を救えないと考え、思い悩む人々を言葉で励ます「がん哲学外来」を開く。語りかけてきた数々の言葉の一つに「心は楕円形」がある。
「がんの存在を受け入れましょう。病気やトラブルが全くない人生はありません。完璧でなくていい。楕円形のように少々いびつでいいんです」。自分という唯一の中心をもつ円ではなく、がんというもう一つの「中心」と共存する楕円を思い描こう。訪れた人にそう話す。
樋野さんの活動を紹介した映画「がんと生きる 言葉の処方箋」が公開中だ。患者たちに授けてきた言葉がたくさん登場する。幸いにして健康な身でも、携えておきたい言葉が並んでいた。
楕円の話に戻る。樋野さんの言葉を筆者なりに広げたい。心の中のもう一つの「中心」は病気以外でもいいだろう。何を置こうか。
嫌いな人の存在を受け入れれば、描く楕円は大きくなる。ともに生きると誓った人、すでに亡くなった大切な人に住んでもらってもいい。人生の歩みが、少しだけ軽やかにならないだろうか。

 天声人語より
筆者は何が言いたくてこの話を持ってきたのかが分かりづらい。
コメント (0)

景気減速、消費税は゛とうなる
いまさら再々延期はあるまいが。
米中激突と景気の「悪化」で消費増税がざわさ゜わ。

素粒子より
コメント (0)

近世の西洋絵画に出てくる猫は、けっしていい役回りではない。
天使がイエスの受胎を告げに来る「受胎告知」はよくある画題だが、作品によっては逃げ出す猫が描かれる。「悪魔の化身」と考えられていた猫が、天使から身を隠そうとしているのだ。
美術史家の宮下規久朗さんの著書『モチーフで読む美術史』で学んだ。食卓で神に手を合わせる女性の近くに、食べ物をつかもうとする猫がいる。静かな祈りのじゃまをしているのだ。では犬はというと「忠節」の象徴で、結婚の肖像画などにさりげなく入っている。
はっきり意味が込められた題材の数々が西洋画にはある。キューピッドもその一つだろう。最近復元されたフェルメールの絵画でも、絵の具の下から姿を現した。X線の解析をもとに、ドイツの美術館が取り組んでいた。
作品は「窓辺で手紙を読む女」。恋愛を象徴するキューピッドが背景にいるから、よんでいるのは恋文だろう。そんな解釈も成り立つようだ。文責の結果、塗りつぶしたのは画家本人ではないという。
誰が何のために改変したかは不明だ。ただキューピッドが隠れ、余白があることで、見る側が想像を働かすこともできそうだ。差出人は恋人か家族か。うれしい内容か悲しい知らせか。思考の余白が生まれる。
復元され色合いが変わった芸術作品を見て、戸惑うことがある。最初の状態に戻すのが、あくまで望ましいのか。傷や汚れも含めて、歴史を味わうのが面白いのか。いろいろと考えたくなる。

 天声人語より
コメント (0)

保育園からのお散歩コースには、きれいな花壇がある。じつと見ていた3歳のれいちゃんがこんなことを言った。
「せんせい、おはな、だれがいろぬったの?」「誰が色塗った??」「おっきくなったら、おはなにいろぬるひとになりたいなぁ」。
てい先生という保育士が『きょう、ほいくえんでね--!!』に書き留めた話だ。花があんまり美しいので「きっと誰かが色をつけたんだ」「そういうお仕事があるんだ」と思いめぐらしたようだ。園児たちにとって歩くことは、不思議さに満ちた世界に出あうことだ。
一生懸命に隣の子と手をつなぎ、先生の後をついていく。にぎやかにお話をしながら。大津市であった痛ましい事故に、近所で見かけるお散歩を思い出した方も多かったのではないか。
あそこにガードレールがあれば。せめてポールだけでもあれば、車が歩道に乗り上げた事故現場の写真を見ると、そう思わずにはいられない。そして改めて感じるのは運転することの怖さである。ハンドルを誤れば、便利な移動手段は巨大な凶器に向かわる。
東京都内できのう園児の行列に出会った同僚によると、先生がこう言っていた。「心配だから今日はお散歩はやめませんか、という親御さんもいました。でも、いつもと違う一日になると不安になる子もいるので----」。車の少ない通りを選んで歩くという。
身を守るすべのない歩行者に突然、車が襲いかかる。最近目につくようになった事故である。絶対にあってはいけない事故である。

 天声人語より
コメント (0)

生活習慣病、バランスのよい食事で改善
まず野菜を1食120㌘以上はとるようにしましょう。生野菜なら両手のひらに山盛り、ゆで野菜なら片手にのる量が目安。彩りよくとるのが大切です。紫キャベツのアントシアニン、トマトのリコピンなどの色素には抗酸化力があります。
油脂も味方につけましょう。青魚に含まれる脂肪酸のEPAやDHAは動脈硬化予防になります。エゴマ油も同じ効果があります。
食べるときには急に血糖値を上げないように、ゆっくりかんで。食物繊維の多いキノコや海藻、根菜類は糖質の吸収を遅らせ、満腹感を持続させます。
家庭で甘酢タマネギを作りおきしておくのもいいですよ。酢100cc、砂糖大さじ5、塩小さじ1を合わせた甘酢に、タマネギ大2個分を薄切りにして漬け込みます。タマネギのアリシンは血液をさらさらにし血栓を予防します。酢に含まれる酢酸は血圧を下げ、血糖値の上昇を抑えます。
抗酸化作用のあるアスタキサンチンを含む焼き鮭や、豚肉の生姜焼きにのせるなど毎日の料理に手軽に使えて便利です。タマネギは冷蔵庫で約1週間、甘酢は1カ月保存可能です。

 紙面より----管理栄養士・小沼智子
コメント (0)

草野心平は「蛙の詩人」と呼ばれた。その小さな生き物になりきるようにして、いくつもの詩をつくった。
たとえば「秋の夜の会話」。<痩せたね/君もずゐぶん痩せたね/どこがこんなに切ないんだらうね---->。
切ないのは空腹のためだろうか。2匹の会話は続く。<腹だらうかね/腹とつたら死ぬだらうね/死にたくはないね/さむいね/ああ虫がないているね>。やせこけた蛙たちの姿が浮かんでくる。
冬眠の前を描いた詩ではあるが、いまや別の読み方もできるかもしれない。国際的な科学者組織が先日、地球上に800万種いるとされる動植物のうち、100万種が絶滅の危機にあるとの報告書を公表した。なかでも両生類は40%以上が危機に直面している。
主犯は人間である。報告書によると湿地の85%はすでに消滅させられ、陸地も海も大きく影響を受けた。海洋哺乳類の33%以上、昆虫の10%も絶滅の可能性があるという。
農業や工業を通じ、地球をつくり変えながら生きてきたのが人間だが、その地球に頼るのもまた人間である。ハチがいるから農作物が育ち、森林があるから洪水が抑えられる。当たり前のことが改めて浮き彫りになっている。報告書は「今ならまだ間に合う」と各国政府に対策を求める。
草野心平にとっての蛙は、生きとし生けるものの象徴にも見える。<みんなぼくたち。いっしょだもん。ぼくたち。まるまるそだってゆく>。おたまじゃくしの詩である。全ての命のことだと読み替えてみたい。

 天声人語より
コメント (0)

親鸞の教え
親鸞自身が「父母の孝養のために念仏を唱えたことは一度もない」
実はお釈迦さまも「死んだ人に向かって読経しても意味がない」と言っている。
死んだ人の運命は本人の行いで決まるもので、子孫がお経を唱えて変えられるものではない。そもそも、お経は生きている人が幸せになるための教えを記録したもので、生きているときに聞いてこそ意味があるのだという。
最善の供養とは祖先が喜ぶことをすることだからだ。親にとって何が一番うれしいかといえば、子が幸せに生きることだろう。それには阿弥陀仏の本願を聞き求めればよいと、お釈迦様と親鸞は教える。
阿弥陀仏の本願、つまり本当の願いとは、すべての人を幸せにしたいということ。阿弥陀仏だけを信じて正しく幸せに生きようというのが浄土真宗の教えだという。

 紙面より
コメント (0)

酒を飲んだ上での粗相は、いつの時代にもある。
戦国の世に大名たちが出した命令の中に、飲酒を戒める内容が見られるという。下総の結城氏による法度には、酒に酔って人に頼みごとをしてはいけない、と書かれている。
家臣たちが酔いにまかせ、とんでもないことを言い出さぬようにとの配慮だろう。土佐の長宗我部氏による掟書は、大酒を禁じた。酔って人を打ちのめすようなことをした者は首を斬る、とまで書いている。
常に武器を身につけ、腕に覚えのある男たちである。酒が入るだけで危険な存在になったことは想像に難くない。現代であれば飲酒運転を禁じるのに近いか。自動車は武器ではないが、殺傷能力はときに刀剣を上回る。
さらに時代が進み、ドローンの扱いでも酒が御法度になりそうだ。飲酒で正常な飛行ができない恐れがある状態で操縦すると、1年以下の懲役か30万円以下の罰金に科す。そんな法案が国会で審議中だ。墜落すれば人命も奪いかねない機械に、酒の臭いは似合わない。
技術が進んでも人間が関与するところは残る。むしろ制御できなければ誰かを大きく傷つけるかもしれない。SNSなどインターネットの世界も同じだろう。怒りや陶酔感などの情動ににまかせれば、世界中にあらぬことを発信してしまう。
当方がツイッターをやめたのも、酔ってどんなむことをつぶやくか自信が持てないからだ。おかしにことを口走るのは酒場だけにしたい。話がそれた。

 天声人語より
コメント (0)

制裁関税25%に
「戦うトランプ」劇場、いよいよ佳境へ。
大統領再選に向け、強面を支持者に熱烈アピール。
世界経済を人質に。

素粒子より
コメント (0)

朝目が覚める。今は何時ごろだろう。エッセイストの三宮麻由子さんは、スズメのさえずりで時間の見当をつける。
5時台は、小さく、まばらな鳴き声。6時を過ぎるとにぎやかになり「起きているかい」「起きているよ」とおしゃべりしているかのようだ。
4歳で視力を失った三宮さんは、鳥の声から空を感じるようになった。明るくなっていく様子を鳥たちが教えてくれる。季節もそうだ。夏になると、盛んにさえずる鳥がいる。その声を耳にして、詠んだ句がある。<山の端や鳥声までも夏の色>。
「声に色はない」と言う人もいたが、三宮さんはこう書いている。「私にとっては声にも景色があり色がある。もっと正確に言うと、声そのものが景色であり色なのだ」。
滝の水の流れる音。草原が風に揺れる音。松ぼっくりが落ちる音。自然が発する声に耳を傾けながら、風景を描いていく。三宮さんの文章には、視覚のみではつくりだせない奥行きがある。風の運んでくるさまざまな匂いも、そこに加わる。
目から入ってくる情報ばかりに頼るようになった。そう言われて久しい現代社会である。スマートフォンで写真を撮ってインスタ映えを競うのも、視覚優位の表れかもしれない。だからこそ、ときには立ち止まってみたい。咲く花の香りを求めたり、若い葉の手触りを試したりと。
もう立夏である。暦の上では夏が始まった。命がみなぎるのを近くで感じる。そんな季節がまためぐってきた。

 天声人語より
コメント (0)

イラン問題
窮鼠、猫を嚙むとはまさにこのこと。
残念である。
イランの判断も、イランを追い詰めたトランプ政権の短慮も。

素粒子より
コメント (0)

「あしたは、なぜあるの」。もし子どもから聞かれたら、何と答えればいいのだろう。
かつてTBSラジオの電話相談にせられた。少額3年生の質問である。永六輔さんが答えあぐねると、もう一人の回答者、天文研究家の小林悦子さんが口を開いた。
「きのうと今日は、もうすぎちゃったことだから、やりなおしができないでしょう」「うん」「だけど、『あしたは、何かやってやろう!』と思うじゃないですか」。科学的ではないけれど、うなずきたくなる。そんなやり取りが番組を採録した本にある。
「反省の色って何色?」「宇宙人は何を食べるの」。数々の質問に答えながら半世紀にわたり放送されたのが「全国こども電話相談室」である。答える大人がときに手探りになる様子も、面白かった。
教育者の無着成恭さんは長く回答者を務めた。質問されて「そうだ、そういうことが問題だったんだ」と、はっとすることがしばしばあつたという。例えばこんな問いだろうか。「男の子はどうしてスカートをはいちゃいけないの」「天皇陛下は就職しているんてすか。それとも無職?」。
子どもから「何で、何で」と問われ、てこずった経験のある方、現に今てこずっている方もおられるか。たまには子どものつもりになって「なぜ、どうして」と口にしてみるのも悪くない。そして一生懸命に答えを見つける。
きょうは「こどもの日」。子どもと思いっきり遊ぶのもいいし、自分の奥の方にある「子ども」を探す日にしてもいい。

 天声人語より
コメント (0)

世界同時株安
世界経済を引っ張るべき大国が、世界経済の足を引っ張る。
米中貿易摩擦の理不尽。
脅しでなく、対話で解決を。

素粒子より
東証は続落で、一時値下げ幅が370円超に。
コメント (0)

人口減少、それがなにか?
人口減少を深刻な危機と受け止める向きはもちろん多い。人口(とりわけ労働力)が減り続ければ経済成長が難しくなる。産業・企業の存立基盤が損なわれる。政府債務返済負担が一段と増す、国力が衰退し安全保障リスクが高まるなど、不安は尽きない。
 しかし、人口減少は嘆くしかないことなのだろうか。人口減少下でも、国民の豊かな生活や国力を維持する手立てを見つけることはできないのだろうか。
 人手不足の主因は人口減少と言われる。しかし例えば、コンビニや外食チェーン店の24時間営業、きめ細かすぎる宅配サービスなど、消費者が便利さへの飽くなき欲求を少しでもよくせいすれば、人で不足は和らぎ、労働環境も改善される。その結果生じる労働力の余裕を、新たな成長分野で発生する労働需要り振り向けることができれば、生産性の上昇と付加価値の増大すなわち経済成長の押し上げに生かすことができる。換言すれば、それを阻んできたのは我々自身ではなかったか。
 人口減少に直面する日本に必要なのは、危機を煽り弥縫策を繰り返すことではない。公共投資の拡大は一時的な景気刺激と引き換えに将来世代に大きな財政負担を残した。我々に求められているのは、人口減少が制約や重荷とならない経済社会をつくる意思であろう。いずれ使われなくなる社会インフラはつくらない、これ以上政府債務を増やさないなど、マクロからミクロまで、やるべきこと、できることは多い。

 経済気象台より----山人
コメント (0)

米中摩擦、市場動揺
トランプ米大統領が、中国から輸入する2千億㌦分に今の関税10%から10日から25%に引き上げると表明したことで、米中摩擦が再燃するとの不安から、各地の株式市場が値下がりになっている。
東京市場も例外てなく、一時2万2千円を割った。

紙面より
コメント (0)

3日の夕刻、東京駅はまさにイモを洗うような混み方だった。高速道路では連日、いつ果てるともしれぬ大渋滞が起きている。
長い長い10連休だと意識するせいか、混雑ぶりが例年以上に関し゜ジル。
珍事も起きたようだ。首都圏にある遊園地では連休の前半、客足の鈍い日があった。冷たい雨のせいもあろうが、「長い休みだから後半に行こう」という心理が働いたのかもしれない。
一方で深刻な話も聞く。「診察日が限られ、病院に患者が集中した」「保育園が休みで、子どもを預ける先がない」。時給制や日雇いで働く人々は勤務日が減り、やりくりに窮している。貧困問題に取り組むNPOには、「収入が減るので食費を抑えたい」゜光熱費がはらえない」といった相談が寄せられている。
1948年に祝日法ができて以来、政府が定めた最も長い休日だという。「国民がこぞってことほぐ中、皇位継承がつつがなく行われる」「落ち着いてお祝いする環境が整う」。こんな説明が繰り返されたが、それは政府の事情ではないのか。
退位と即位の式典はすでに2日をかけて厳粛に執り行われ、ことほぐ時間も十分すぎるほどあった。筆者などはむしろ、奉祝ムードにあてられて少々頭がボンヤリしてきた。いっそ平日が恋しいくらいである。
お上から授けられた連休に振り回されている感じがどうしても否めない。おのおのが休みたいときに休むのが、あるべき休日ではないだろうか。

 天声人語より
10連休まともに給料も減らず休めているのは、国会議員はじめ、公務員だけである。
振替休日もなくせばいいのに。
コメント (0)

背骨の圧迫骨折はビタミンDと運動で予防しよう
背中が丸くなり、身長が低くなった。背骨の一部が出っ張ってきたと感じたり、午後になると背中が痛んだりする。そんな症状のある人は、背骨がじわじわと潰れて変形する圧迫骨折を起こしているかもしれない。高齢者の場合、骨がスカスカになる骨粗しょう症が原因のことが多い。
背骨は、12個の腰椎と5個の腰椎という骨が連なってできている。胸椎や腰椎の高さが、どれか一つでも、元の高さより20%以上減っていると圧迫骨折と診断される。痛みがあるのは3分の1だけ。痛みがなく、気づかないまま潰れていることも多い。
起きやすいのは、胸椎と腰椎の境目付近。腰の少し上あたりだ。骨折すると、変形したまま固まってしまう。骨粗しょう症で骨が弱くなった高齢者だと、尻もちをつく程度の衝撃で起きることが多い。
骨粗しょう症は高齢の女性や早く閉経した人がなりやすい。閉経すると、骨を壊す細胞の働きを抑える女性ホルモンが減るためだ。たんぱく質やカルシウム、ビタミンDの付則や運動不足もリスクを高める。遺伝の影響もあり、母が骨粗しょう症だと娘もなりやすい。
最初の骨折を防ぎ、骨折の連鎖を断つには、薬による治療だけでなく、適切な栄養と日光浴、運動療法が不可欠。骨の健康維持に重要なのがビタミンD。多く含む青魚や干しシイタケを意識してとりたい。日光浴も効果的だ。紫外線が皮膚に当たるとビタミンDができる。日焼け止めを塗らずに夏は30分、冬は1時間が目安。サプリメントで補う選択肢もある。
1日8千歩を週3日以上歩くと骨密度が増える。転ばない体づくりも大切だ。流し台に両手をおき、肩幅に開いた足を曲げたり伸ばしたりする屈伸運動がお勧め。足の指をグーパーと動かして足の感覚を磨く運動や、バランスをよくする片足立ちの訓練もよい。予防策を続ければ結果は出るのであきらめないことが大切だ。

 体とこころの通信簿より-----辻外記子
コメント (0)

5年前の梅雨どき、さいたま市に住む女性は、東京・銀座で女性のデモを見た。
集団的自衛権の行使容認に反対する人々だった。その時の思いを俳句に詠む。<梅雨空に「九条守れ」の女性デモ>。
地元の公民館の句会で秀句に選ばれた。従来、秀句は公民館だよりで紹介されてきたのに、公民館はこの句に限って掲載を拒む。「公平中立の立場から好ましくない」という理由だった。納得がいかず、市を相手に裁判を起こした。
「思想・信条を理由にした不公平な取り扱いだった」と地裁、高裁が認める。昨年末、最高裁で確定し、句は公民館だよりの今年2月号に掲載された。「子どものころ、空襲警報が鳴って防空壕に駆け込んだ記憶は鮮明です。普通の主婦が、9丈は大事だという当たり前の気持ちを小さな句会で詠んだだけ。それが不掲載になる今の世の中が心配です」。
句歴は10年に及ぶが、<梅雨空に>は句としてはしっくり来なかったという。裁判で幾度も取り上げられ、有名になっていくのが恥ずかしかったと話す。
一連の経緯をふりかえると、行政側の事なかれ主義が浮かび上がる。憲法を守る動きとはかかわりを持たぬ方がいまは得策---。問われたのは、行政の現場に広まるそんな見当違いの「憲法アレルギー」だった。
臆せず゛に声をあげ、70代で初めて司法の場に立つ。女性の奮闘に励まされた方も多いのではないか。

 天声人語より
コメント (0)

高齢者の肺炎予防。5年に一度はワクチン接種を
高齢化が進み、肺炎による死者数が急増しています。2011年には、がん、心臓病に次ぐ、日本人の死因の3位になり、年間約12万人が命を落としています。65歳以上になると、肺炎による死亡リスクはぐんと高くなるためです。
高齢者の肺炎は、命を奪う危険な病気だという認識を持ち、予防が重要だ。
肺炎は主に、肺炎球菌やマイコプラズマなど様々な最近の感染が原因で起こる。若いうちは、抗菌薬による治療ですぐ良くなり、命を落とすことはほとんどない。
一方、高齢者はいったん発症すると何度も再発を繰り返す人が多く、命にかかわる。薬が効かない場合もあり、まずはかからないようにすることが大切だ。
もっとも有効とされるのが、原因の3割を占める肺炎球菌のワクチン接種だ。65歳以上では5年に1度、接種することが望ましい。
特に、インフルエンザにかかった後は肺炎にかかりやすいので、肺炎球菌とインフルエンザのワクチンをあわせて接種しておくとさらに効果的という。
今のところ公的な定期接種の対象ではないが、自治体によっては接種費用の助成もある。
口のなかを清潔に保ち、入れ歯の調子を整えるなどのケアも重要だ。高齢になると、食事のときにむせたり、寝ている間に唾液が気管に入ってしまったりして、口のなかにいる細菌が肺に入って肺炎を起こすリスクが高まる。
粗食を好み、肉や動物性脂肪をとらない人は要注意。たんぱく質などの栄養が足りない状態になると体力が落ち、肺炎にかかりやすくなる。高齢者は積極的に脂質、たんぱく質を取るべきだ。喫煙者や糖尿病の人も、肺炎のリスクが高い。
高齢者の肺炎は、素人目には一見、ただの風邪と区別がつかないことが多い。あまり熱が高くなくても、ぼんやりしているなど、周囲の人が見て少しでも「おかしいな」と感じるところがあれば、積極的に医療機関を受診させるようにしたい。

 体とこころの通信簿より
コメント (0)

「十八になる私の子供は内向きでハキハキしません。ギターのプロになるのだと申します。どうしたらよいでしょう」。
50年前、本紙の人生相談の欄に投稿が載った。相談者はのちにロックシンガーとなる高校生、忌野清志郎さんの母である。
当時、東京都立日野高校で清志郎さんの担任だったのは、美術教師の小林晴雄さん。「何年か好きなことをやらせてみましょう」。息子の将来を案じる母をそう説得した。清志郎さんの代表曲の一つ「ぼくの好きな先生」のモデルになった人だ。
「清志郎さんは心底、小林先生を慕っていました。偉ぶらず、叱らず、説教もせず、まれにぼそっと生徒をほめる。先生らしくない先生でした」。そう話すのは日野高2年後輩にあたる芝田勝美さん。卒業後も、小林先生、清志郎さんの双方と交流を続けた。
小林先生は日ごろ、職員室を敬遠し、美術準備室で絵筆を動かすのを好んだ。定年退職後は公民館などで絵を教えた。「本来は画家になりたかった人。淡い色調の風景が味わい深かった」。
芝田さんが世話役を務め年1度の同高OB作品展には、小林先生も清志郎さんもたびたび絵を出品した。会場に現れた清志郎さんを小林先生は特別扱いせず、あくまで教え子の一人として接していたという。
清志郎さんは58歳で迎えた春の連休の5月2日に亡くなった。没後10年となる。その才能を信じて見守った小林先生も昨春、86歳で世を去った。教師と生徒を結んだ終生の縁を思う。

 天声人語より
コメント (0)

胃潰瘍や動脈硬化などを防ぐ梅のパワー
梅干しは、昔から健康に良いというイメージが伝えられていますが、日本一の産地、和歌山県では最近、科学的な証拠が集まりつつあります。
「梅はその日の難逃れ」のことわざのように、梅干しを朝に食べると、病気などを免れると、昔の人は経験から伝えてきた。和歌山県立医大の宇都宮洋才准教授によると、梅の産地みなべ町などで聞き取り調査をしたら、「動脈硬化を防ぐ」「胃潰瘍になりにくい」「かぜをひかない」「疲れがとれる」など数え切れないほどの伝承があった。まるで「万能薬」だが、本当だろうか。
マウス実験では、梅エキスが動脈硬化を引き起こす血管の筋肉の肥大を防いでいることがわかった。
宇都宮准教授は梅に含まれるポリフェノールの一種「リグナン」に着目。胃潰瘍の原因となるピロリ菌の培養液の中にリグナンを加えたら、変形したりしてピロリ菌の働きが弱まった。
ピロリ菌の働きを半分に抑えるには、梅干し5個分相当のリグナンが必要だったが、「1、2個分でも効果はある」という。
また、インフルエンザウイルスが感染した培養細胞にリグナンを加えたら、ウイルスの増殖が抑制されることもわかった。
梅の有効成分はリグナンだけではない。近畿大生物工学部の三谷隆彦・元教授が見つけた別のポリフェノール「ヒドロキシ桂皮酸」にも、高血圧防止やウイルスの増殖を抑える効果があることが分かってきた。
ただ、数々の健康効果があるからといって、たくさん食べれば良いわけではない。梅干しには10%程度の食塩が含まれている。1個10㌘だと1㌘に上る。
厚生労働省が定める1日の塩分の摂取目標量は、成人男性9㌘未満、女性7.5㌘未満だ。
1日の食事全体で塩分を調節しなければいけない。梅干しは1日2個程度を目安に。増やす場合には他のメニューの塩分を抑える工夫が必要だ。
さて、観梅の季節。梅林の花の香りにも、梅パワーは秘められている。和歌山工業高等専門学校の奥野祥治准教授によると、香り成分のベンズアルデヒドに抗菌作用がある。梅干しにも同成分があり、「日の丸弁当が傷みにくい理由の一つではないか」とみている。

 元気のひけつより-----野中良祐
コメント (0)

「絶景を見る」「泣くほど笑う」「見ず知らずの人に親切にする」-----。
高齢の二人が夢を語り合って書き出し、一つずつ実現していく。2007年の米映画「最高の人生の見つけ方」である。
ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが好演した。万里の長城を訪ねたり、スカイダイビングに挑んだり。箇条書きにした夢のそれざれを、達成するたび横線で消していく。満足げな表情が魅力的だ。
1日から上皇、上皇后となられたお二人の心のリストには、どんな夢が書かれているのだろう。30年に及んだ公務の一切から退き、肩の荷を下ろして迎えた最初の朝である。
昨秋の美智子さまの誕生日の回答に夢のヒントがあった。「庭でマクワウリを作りたい」「陛下が関心をお持ちのイヌビワの木を植えたい」。ほかに「ジーヴスも二、三冊待機しています」とも。
ジーヴスとは英作家ウッドハウスの小説のことだ。頼りない青年貴族に降りかかる難題を、執事ジーヴスが転機と推理で次々に解決していく。初めて手にとってみたが、笑いと皮肉の味付けが微妙である。「読み出すとつい夢中になるため、これまで出来るだけ遠ざけた」と美智子さまも語っている。
長い間、重責を果たすため脇に置くほかなかった夢たちを思う。お二人でウリを育て、イヌビワを植え、ジーヴスを心ゆくまで読んだとしても、まだまだほんの序章。ゆっくりと時間をかけてリストに夢を書き足し、充足の横線を引く時が到来した。

 天声人語より
コメント (0)

物忘れをすれば新しいものが入りやすくなる。
集めた情報で身の回りを固めていると、人間は干からびていく。情報はどんどん捨てる方がいい。
といっても人の記憶はままならない。「覚えようとするものは忘れがちなものだが、忘れようとするものはなかなか忘れられない」。自分の記憶ですらこうだから、人様の記憶などおよそ思い通りにいかないと考えるのが普通だろう。
ところが最近、「忘れられる権利」が話題になる。自分に関する不都合な情報をネット上から消させる権利、つまりは人様に忘れてもらう権利だ。欧州では、以前のトラブルについて新聞記事がずっとネットに残り、不利益を被った人が訴えて、5月に検索結果の削除が認められた。
日本でも似た争いがある。自分の名前を検索すると犯罪に関わっているかのような結果が出て、生活が脅かされている。そんな申し立てに東京地裁は先日、人格権の侵害を認め、削除を命じた。検索最大手のグーグルが、この命令に従うと表明した意味は大きい。
仮想世界を漂う「記憶」は時に凶器になる。その適切な取り扱い方を確立すべく、試行錯誤が続く。

 天声人語より
コメント (0)

10連休中は猫の手も借りたいくらいです」。にぎわいが続く岐阜県関市の「道の駅平成」で、うれしい悲鳴を聞いた。
連日、遠来の客たちが「平成ラーメン」や「平成弁当」を食べ、「平成しいたけ」「平成メモ帳」、地元は混乱を極めた。わずか9戸の旧武儀村・平成地区に日に何百台も車が押し寄せ、慣れない交通渋滞が起きた。平成の地名の入った標識も盗まれたこともある。
平成ブームは数年で去った。しかし生前退位の準備が進んだ昨秋、再び観光の大波が戻る。「平成のうちに平成に行っておこうと思え方々がこれほど多いとは、私たちに観光立村の機会を与えてくれた平成時代は、宝物のようです」。道の駅の店員は笑顔で話す。
ふりかえれば、昭和の最後の日々は様相が違った。天皇の病状悪化とともに、企業や自治体に行事を中止する動きも広まり、学校の運動会も延期に。デパートの売り場から「赤飯」が消えた。あの当時の焼きすぎた自粛の空気を思い出すと、いまでも胸が苦しくなる。
大正も明治も、ほぼ昭和と同じような最後を迎えている。当時の紙面を繰ると、「御不良」「御危険」と容体報道が続く。演劇や歌舞伎など歌舞音曲のたぐいは自粛しているのは、近代史にもまれな、過度の自粛を伴わぬ「代替わり」である。「道の駅平成」を尋ね、平成最後の日々をまるで歳末のように楽しむ姿が、何とも新鮮に思われた。

 天声人語より
コメント (0)

般若心経とは
般若とはすばらしい知恵のこと。そして波羅密多とは六波羅密多、すなわち
自分よりも他人の救いを先にする「大乗の菩薩」という考え方による実践の
徳目です。
人間は生前の行いによって、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天という6つ
の世界に生まれ変わります。人間よりも下に落ちるのを救うためには、布施
、持戒、忍辱(にんにく)、精進、禅定、智慧という6つの修行をして、成
仏しなければなりません。
布施とは、僧にお経をあげてもらったときや寄付をする際に差し上げるお金
などの財物のことです。布施はお金に限りません。相手の不安をなくす、や
さしいまなざしや言葉などもあります。
持戒とは、戒を持つこと。これを十戒といい、具体的には十戒善を差します。
不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不綺語、不悪口、不両舌、不慳貪、不瞋
恚、不邪見。
忍辱とは、辛抱すること。
精進とは、一生懸命努力すること。
禅定とは、坐禅を組んでこころを落ち着けることです。
6つの修行をすると、智慧が出てきます。これが"般若"です。
仏様の場合、「智慧」と書きます。"知"の下の"日"は、宇宙の真理を指しま
す。
この6つのことを修行することを「六波羅密多行」といいます。こうするこ
とで自身が成仏する助けになります。
お仏壇に水、塗香(ずこう)=塗香(ずこう)は非常に細かい粒子のお香で、
塗香入(ずこうい)れに入れて用います。小麦粉にも似た触感があり、少量を
手に塗り、その香りを吸い、仏前で自らの心身を清めるために使用します。
花、線香、飯、ローソクの6品をお供えするのは、六波羅密多行を知らずに
亡くなったご先祖様に、6つの修行をすることで成仏できることを知らせる
ためです。
水は布施(感謝する気持ち)、塗香は持戒(よいことに励む)、花は忍辱
(怒りやすいこころを鎮める)、線香は精進(怠けごころをなくす)、飯は
禅定(こころを落ち着かせる)、ローソクは智慧(人間の悩めるこころを智
慧の光で明るくする)を表しています。これら6つをお供えすることを六種
供養といいます。お仏壇にお供えをして、お仏前でお経を唱えます。こうす
るこによってご先祖様が成仏できるのです。
コメント (0)

「わが国の男女は恋愛することが、下手なのである」。菊池寛は昭和初期、『恋愛と結婚の書』を著した。
その半世紀前、福沢諭吉は『男女交際論』で、日本の近代化には男女の自由交際が必要だと説いている。
「明治から昭和の初めまで、恋愛論は高い関心を呼びました」と話すのは、東京・田畑の文士村記念館の種井丈研究員。当時の作家らがどんな交際をし、恋愛観を抱いていたかを示す企画展「恋からはじまる物語」を担当する。
明治の日本に「恋愛」という概念はなかったという。自由恋愛そのものになじみが薄く、結婚は家と家を結ぶものという常識に支配されていた。「親が子を思う『愛』なら庶民にも浸透していましたが、『恋』は維新後に輸入・翻訳された新しい考え方です」。
展示された文士らの言葉はどれも熱い。「文ちゃんがお菓子なら頭から食べてしまひたい」と芥川龍之介。「愛は戦だといふ。長い戦で短い恋だったね」と竹下夢二。林芙美子は「私の可愛いくちびるをおくります」と便箋にキスマークを付けて書き送っている。
「恋人が欲しいですか」。内閣府が数年前、20代と30代の男女約2千人に尋ねたところ、欲しくないという答えが4割近かった。最も多かった理由は「恋愛が面倒」。時代により「恋愛観」がかくも違うとは。
恋という営みは今も昔も変わらないはずなのに、国の近代化に役立つと奨励されたり、単に面倒だったり。恋愛をめぐる議論の振幅に驚く。

 天声人語より
コメント (0)

年号替わり。
けさ、日の丸が林立する銀座・並木通りを歩いて、奉祝ムードに浸りながら考えた。
で、何が変わるのか。
世の中に改めたい問題は多いが、新天皇即位とは関係ないなあ。

素粒子より
それをいかにも変わるようにあおっているのがマスコミではないのか。
コメント (0)

褒められることは少なく、注目されるのは失敗ばかり。プロ野球の審判もそんな労多き仕事である。
38年間務めた田中俊幸さんは「いいジャッジをしてもミスがあっても、その夜はなかなか寝付けない」と著書で振り返っている。
似た夜を過ごした労。先日中日-ヤクルト戦で二塁審判の判定が誤審となった。1死2塁で頭上を越す打球を背走して捉えた二塁手は、飛び出した走者を見て二塁へ送球。塁審はセーフと判定したがビデオ検証で併殺に覆った。
映像には三塁、一塁へと視線を送る塁審の姿が残る。最後を見逃したように見える動作に「よそ見」の声も飛び交うが、審判経験者は必要だという。走者二塁では内野を超える打球は一塁か三塁の塁審が追い、判定するのが原則。塁が空けばカバーしなければならないからだ。
ビデオ検証は審判に加えて昨年からチームの求めることができるようになった。最初の1年では494件中162件が覆った。誤審が3割とは多い気もするが、審判は「世紀の誤審を犯す重圧が減った」と好意的なようだ。
米国では今季から独立リーグで、ストライクとボールを判定する機械を試行する。軍事用レーダーを応用して判定し、球審のイヤホンに伝える。誤差は1㌢余りとされる。それでも最後の判定は人間だという。例えば打者がバットを振ったか止めたか判定できないからだ。審判が担う複雑さを改めて実感する。誤審は起きる、と肩の力を抜いてみるのも野球観戦のこつだろうか。

 天声人語より
コメント (0)