自分だけモンゴルに替えるのはいやだ。
角界入りを望む若者の訪日ツアーに参加しながら、どこの部屋からも声がかからず取り残された少年は訴えた。「I don't want to go back」。17年前、のちの横砂白鵬はモンゴル語と英語だけが頼りだった。
宮城野部屋から誘いが入ったのは、帰国便を手配して土産を買った日の夜になってから。入門後も言葉の壁は高く、ちゃんこ当番で「おたま持ってこい」と言われて鍋を運ぶ。稽古でも弾かれ、転がされ、屋上の物干し場で泣いた。
日本語の習得に役立ったのはカラオケだという。小林旭さんの「熱き心に」、夏川りみさんの「涙そうそう」の歌詞を書いて覚えた。妻紗代子さんとのデートでは韓流ドラマ『冬のソナタ』のせりふを試した。
対戦してみたいという過去の力士の名にも、持ち前の研究熱心がのぞく。江戸寛政期に「古今無双」といわれた谷風。明治に黄金期を築いた常陸山。69連勝の双葉山は映像で動きを丹念に研究した。
「山が高いからといって引き返してはならない。行けば必ず超えられる」。白鵬がしばしば口にする母国のことわざである。歴代最多の1048勝を決めた一番を見ながら、横綱が闘っているのは眼前の力士だけではない気がした。視線がとらえているのは先人たちが打ち立てた土俵の歴史そのものではないか。
「相撲は奥が深い」「口にしていれば(願いは)かなう」。偉業を達成した直後の言葉はあくまで滑らかで雄弁で、哲学さえ感じさせた。

 天声人語より