深い悲しみは五感とともに記憶されるものなのだろうか。
東日本大震災で津波にのまれた沿岸は潮の匂いに覆われていた。新潟県糸魚川市では昨年末、焦げた臭いが漂った。各地の被災地を思いながら、集中豪雨のあった福岡県朝倉市把木地区を歩いた。
いたるところにスギの丸太が転がり、重なり合う。かすかに感じるのは場違いな、すがすがしい木の香りである。それだけに一層、被害の不条理さが心に刺さる。
被害は、川沿いに広がっていた。「あの辺りはたんぼだった」と地元の人が言う。だが指さす先に見えるのは、石と流木と濁流の茶色い光景だ。河原の真ん中で新しい家が崩れている。あんなところに建てるなんて、と一瞬思う。いやそうではない。地形が一変し、そこが河原になってしまったのだ。
この一帯は5年前にも豪雨に見舞われ、山間部の住民らが命を落とした。県南部の小柳圭一さん、恵美子さん夫婦の家もその時、土石流に埋まった。「立ち直るのは並大抵のことじゃありません。私たちのような苦労がまた繰り返されるのかと思うと、涙があふれてくるとです」。被災者の身の上を案じ、ポロポロと泣いた。
災害の神は身勝手だ。長く表れないかと思えば、地域に何度も爪をたて、人の命や営みを奪っていく。熊本地震もそうだった。だが、それでも人は立ち上がる。
連休初日の土曜日には、多くのボランティアが現地に駆けつけた。家財を片付けて、泥をかき出す。その汗のにおいとともに、きっと希望は生まれる。

 天声人語より