図体は大きいが、役に立たないものを「ホワイトエレファント」という。
タイの王様が気に入らない家来に白い象を贈った故事に由来する。飼育に大変なお金がかかるが、捨てるわけにいかない。家来は必ず落ちぶれたという。
公共施設や原発などを揶揄するのに使われる言葉だ。そして五輪にも、白い象がつきまとう。1カ月程の大海が終わった後、施設を使いこなすのは容易ではない。2004年開催のアテネでは競技場が草木の伸びるまま放置されていると報じられる。
無用の長物を抱え込むのを多くの都市は恐れたか。24年夏季大会の選考は立候補の辞退が相次ぎ、残るはパリと米ロサンゼルスだけである。その先の大会も、いくつの手があがるか見通せない。国際オリンピック委員会に一つを選ぶ余裕はないようで、24年と28年の大会に両都市を振り分ける方向だ。
IOCはお金がかからない五輪をめざすと訴えるが「言うは易し」と言うほかない。何しろ8千億円とされた東京大会の経費が、一時2兆円近くまで膨らむのを目の当たりにしたのだ。
ここはひとつ、五輪の持ち回りをやめることを検討してはどうか。例えば古代五輪の発祥地ギリシャで毎回開いてもいい。白い象が生まれることもない。
五輪の楽しさが失われると心配する向きもあろう。しかし、高校スポーツでは湯汲の「甲子園」、ラクビーの「花園」など、聖地ゆえの盛り上がりもある。五輪の聖地づくりも、それほど異論ではないと思うのだが。

 天声人語より