イラクの都市モスルがある地域はかつて、アッシリア帝国の首都だった。
紀元前7世紀には楔形文字の粘土板を収めた図書館があったというから、文明の水準には驚く。時は流れて、この地域を占領した「イスラム国」が目の敵にしたのが、本だった。
占領初期の2015年1月、IS戦闘員が中央図書館に押し入り、大量の本を持ち出したとAP通信が伝えた。「不信心を促すような本は燃やす」との言葉を残したという。大学図書館の蔵書にも火が放たれた。
子どもたちの教科書も焼かれたとの記事が最近あった。代わりにあてがわれたのは、幼い心に暴力を摺込むうな教材だった。例えば算数では「IS戦士が10人の敵のうち4人を殺しました。敵は何人のこっていますか」。日常にも暴力があふれ、指示に従わないじゅうみんにはむち打ちや公開処刑が待っていたという。
税を取り立て、国家を名乗る。そんな過激派組織が今、支配地域を縮小しつつある。イラク政府はモスルでの戦闘に勝利したと宣言した。現地から伝わる廃墟同然の写真を見ると心が痛む。いったいどれほどの人命が失われたのか。
「解放」の言葉がツカワレル。しかし、住民たちが恐怖から本当に解き放たれるのはいつだろう。戦闘員として暴力思想にとらわれた人々の心がそのままであれば、これからもテロが起き続けるかもしれない。
増悪と暴力がもたらす土壌は何か。どうすればなくせるのか。難題は依然として、世界に突きつけられている。

 天声人語より