断言していいが、本は読む場所によって表情を変える。
机の上ではいかめしく取っつきにくかった1冊が、静かな喫茶店に持ち込むとやさしく語りかけてくる。読みかけの本でも見知らぬ土地で開くと、新鮮な感じがしてくる。
数冊をカバンに入れ、目的のない日帰り旅行をする。そんな楽しみがあると、書評家の岡崎武志さんが『読書の腕前』で書いている。夏休みなど学校の長期休暇のときに使える「青春18きっぷ」を手に、本を読むための旅に出る。
ときにはページから目を離して車窓の景色を眺めたり、乗り込んできた学生服の集団の大声に耳を傾けたり。「移動しながら、それぞれの土地の空気を取り込みつつ、本も読むのである」。昔読んだ小説を読み返すのも、このたびには向いているという。
読書週間は秋だが、夏も本に親しむのにふさわしいと感じるのはなぜだろう。学校時代の読書感想文を引きずっているせいか。夏に盛んになる文庫本の宣伝に影響されているのか。いずれにせよ風の通りのいいところを見つけて好きな本を開くのは、何ともいえないぜいたくである。
寺山修司の句に<肉体は死してびつしり書庫に夏>がある。いまはこの世にいない著者たちの市作魂に触れる。そんな読書は、ひと夏の間に一皮も二皮もむけたような気にさせてくれる。
夏本番が近い。旅行を計画しているなら、お供の数冊を少し時間をかけて選びたい。読みたい本が見当たらない? それでは、旅先で出会う1冊に期待しよう。

 天声人語より