18年に及ぶロッキード裁判にヤマ場はいくつもあったが、世間の耳目を最も集めたのはいわゆる「蜂の一刺し」。
刺したのは、田中角栄元首相の秘書官だった榎本敏夫氏は、航空機売り込みにからむ5億円を受け取り、田中邸へ運んだとされた。元妻の証言によれば、2人きりの手中で「お金を事実受けとったの」と尋ねた。榎本氏はうなづく。「どうしよう」と問われて、「男が腹をくくってした仕事に、どうしようはないでしょう」と突き放した。
疑惑の発覚した後は緊張が解けず、外でお酒をのまなくなった。「上で動き始めたことは一介の宮仕えではどうしようもない」。嘆きの言葉も法廷で詳しく再現された。
1981年のことだ。高校生だった筆者に裁判の行方は読めなかったが、愛憎劇に引きこまれて新聞の詳報を読みふけった。「ハチは一度刺したら死ぬというが同じ気持ちです」。閉廷後の一言は流行語になった。
元妻の手記を読むと、榎本氏が元首相に重用されたのは「票読み」の力ゆえという。選挙区ごとに精緻な騰落予想をした。「けんかせず。しゃしゃり出ず、円満に」。温和な人だったが、「おやじさんを総理に」と語るときは情熱的だったという。
榎本氏が91歳で亡くなった。東京都北区で、通夜が営まれた。かつて区議も務めた地元である。供花が並び、弔問客が列をなした。政治の荒海で、暖流に乗り、大波にのまれ、寒流に震える。一徹な秘書人生を思った。

 天声人語より