梅雨のころ、アツモリソウはクロワッサンにリボンを結んだような赤紫色の花を咲かせる。
「野性ランの王様」と呼ばれ、愛好者は多いが、絶滅が心配されてきた。中でも「幻の花」とまで言われたのは釜無ホテイアツモリソウだ。信州の釜無山に自生し、丸みを帯びた花に特徴がある。
長野県富士見町はアツモリソウの保護や栽培に力を注ぐ。かつては釜無山や隣の入笠山一帯に群生したが、盗掘や獣害、植林による環境変化で激減した。住民の有志や町職員らが11年前、「富士見町アツモリソウ再生会議」を結成し、自生地を探すところから始めた。
崖を昇り奥山に分け入って、4株見つけた。「粘ってよかった。見つけた時は絶対に守らなきゃいかんと胸が熱くなりました」と再生会議の中山会長はむふりかえる。
会員らは自生地に防獣網を張り、盗掘抑止のカメラを置いた。野生種の数を約10倍に増やすことができた。難航したのは荒廃や培養による人工栽培のほうだ。企業や高校の協力を得て実験を重ねたが、千株を植えても開花にたどりつくのは1株あるかどうか。想像以上の難しさである。
アツモリソウという名は、源平合戦のむかし、一の谷で敵の熊谷直実に討たれた平敦盛に由来する。あでやかな花が、敦盛の背負った武具を連想させたらしい。
敦盛は平家滅亡の悲劇のシンボルとなったが、その名を冠した花は絶滅の淵から救われつつある。高貴で優雅な姿は、地元の人々の粘り強さの結晶のように思われた。

 天声人語より