科学技術に翻弄されるのでなく、使いこなす。決して簡単なことではない。
カナダの氷上で猟をするイヌイットは星や風、海流などの知識をもとに自在に移動してきた。しかし21世紀に入る頃から、人工衛星を使ったGPSに頼るようになった。
便利に思えたが、やがて深刻な事故を起こす。機器の故障や電池の凍結により、荒野で迷う猟師が相次ぎ、ときに命を落とす事態になった。周囲を見極めて判断する力が、伝承されなくなったためだ。
人工知能に振り回されてきたのが最近の将棋界である。コンピューターソフトにプロが敗れ「機械にかなわない」との見方が広がる。ソフトの不正使用があつたのではとの疑心暗鬼が生まれる。そんなどんよりした空気を吹き飛ばす快進撃である。
14歳の藤井聡汰四段が、前人未到の29連勝を達成した。伝統的な詰将棋で築いた土台に、昨年からは将棋ソフトを使用して研究を重ねてきたという。周りが驚く「隙のなさ」につながったか。
私たち棋士が現在見ているのは、将棋のほんの一部の可能性にすぎない----。羽生義治三冠が近著でそう述べている。従来「悪い手」だと考えられていたものが実は「良い手」だったと、人工知能が発見するかもしれない。人間の思考の幅を広げてくれるとの期待である。
進化をやめない先端技術と向き合う。それは将棋の世界に限った話ではない。技術に圧倒されることなく共存する。若い力の出番であろう。

 天声人語より