隠れた事実を、数字が明らかにすることがある。
英国の作家デフォーが17世紀の疫病を描いた『ペスト』には「死亡速報」なる数字が出てくる。週ごとの埋葬者数を示すもので、それによ人々は流行の始まりに気づいた。
通常は多くても300人ほどのロンドンの死亡者が349、394、415---と増えていく。日々の新聞のない時代に、簡単な統計が市民の不安げな視線を集めた。
最近の中国の統計でも異常な数字が明らかになった。新疆ウイグル自治区で女性の不妊手術が急増しており、2014年には3千件余りだったのが、18年に約6万件となった。実に19倍の増加だ。
自治区人口の大半を占める少数民族、ウイグル族への弾圧はかねて問題になっており、昨年はドイツの研究者が「強制的な不妊手術中絶が行われている」と指摘した。そんな非人道的な人口抑制策を裏打ちするような手術の数である。
収容施設にウイグル族が連行され、政治的再教育や拷問、さらには性的暴行がなされていたという女性の証言を英BBCが報じている。中国政府は否定するが、ならば全てをオープンにすべきだ。きのうの日米首脳会談でもウイグル問題が議論された。
間違っても、中国を牽制するための道具として人権問題を扱ってはならない。だからといって、中国との経済関係への配慮から、弾圧に目をつぶるのは論外だ。軍事的緊張を避けつつ、人権のため働きかける。狭き道を行く責務が、日本にもどの国にもあるはずだ。

 天声人語より
コメント (0)

コロナ禍
「三度目の正直」と、解除後わずか50日で言われても。
「緊急事態」を「二度あることは三度ある」と軽く見なしそうな気配が漂っている。
全国民への接種は「来春までかかるかも」と自民党政調会長。
お気軽すぎるでしょ。

素粒子より
コメント (0)

きょうは「恐竜の日」----。とは最近まで知らずにいた。
調べてみると、1923年4月17日、ロイ・チャップマン・アンドリュースなる米探検家がゴビ砂漠へ旅立った日という。不勉強でその名にもなじみがない。
「日ごろ恐竜を扱う私たちも数年前まで知らなかった記念日です」と話すのは福井県立恐竜博物館の野田芳和さん。アンドリュースは化石ハンターの先駆者で、映画「インディ・ジョーンズ」の主人公のモデルの一人とされる。恐竜の頭骨や卵の化石を大量に掘り出し、米国自然史博物館の館長を務めた。
福井県で恐竜発掘が盛んになったのは、地元の女子中学生がたまたま隣の石川県で化石を見つけたのがきっかけ。1982年の夏のことだ。鑑定で白亜紀の肉食恐竜の歯とわかり、少女は時の人となる。
その後、県境をはさんで福井県勝山市内の地層から化石がザクザク見つかるように。「フクイラプトル」「フクイサウルス」。郷土にちなんだ恐竜名が発表されるたび地元は沸いた。
一昔前まで「日本では恐竜の化石は見つからない」と言われたものだ。だが博物館を訪れ、いまは日本列島も大陸と地続きだったとする説が有力だと学ぶ。勝山市内を歩きながら、人類誕生のはるか前、大小の恐竜たちがこの地を悠々と闊歩したのかと想像をめぐらせた。
恐竜研究の進む米国や中国、タイでも「4月17日」はほとんど浸透していないとのこと。ならばいっそ日本から何か別の日を世界に提案してみてはどうだろう。

 天声人語より
コメント (0)

重点措置の次は?
感染を抑え込むはずんが、拡大の後追いみたいな、あすから10都府県に。
すでに大阪は3度目の緊急事態宣言を要請へ。

9月にはワクチン全量確保の見通し。
どうか、輸入も接種も順調に進みますように。

素粒子より
コメント (0)

長く虐待に耐え、生きづらさに苦しむ20代の女性、貴瑚。育児放棄され、声が出せなくなった少年、愛。
人間不信に沈んだ2人が出会い、安らぎを得ていく----。今年の本屋大賞に輝いた町田そのこさんの小説『52ヘルツのクジラたち』を読む。
作中、孤立の象徴として描かれるのは、米国の西海岸に生息すると信じられてきた一頭のクジラだ。仲間には届かない52ヘルツの音で歌い続け、「世界一孤独なクジラ」と呼ばれる。米国では大がかりな海岸捜索がされたこともある。
母親から虫けら扱いされ、「ムシ」と呼ばれた愛は、かたくなに本名を隠そうとする。困った貴瑚は彼を「52」と呼ぶ。「あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ。いつだって聴こうとするから」。その言葉をきっかけに凍り付いた少年の心が解け出し、貴瑚の魂と響き合っていく。
ヘルツという周波数の単位は、19世紀ドイツの物理学者ヘルツにちなむ。犬の鳴き声、人間の声、鳥のさえずり。おおよそこの順で数値が大きくなる。人の日常会話は250~4千㌹に収まるそうだ。
思えばこの1年余、私たちの会話は驚くほど減った。食堂や飲食店では「黙食」が求められ、電車で少しでも声を上げると視線を浴びる。だれもが無意識に声のトーンを抑え、周波数を下げる日々が続く。
コロナ下で、ふだん以上に聞こえにくくなった声のいかに多いことか。人と人の隔たりが深まるいまこそ、孤独を深めた人々が発するか細くも切実な声に耳を澄ませたい。

 天声人語より
コメント (0)