上方で年明け。2003年の幕開け
 上方で年明け。2003年の幕開け。030101で外付けデスクを検索したら。

 030102の項目でヒット。1に京洛の竹林、2にそこから足をのばした念仏寺、3に大堰川の段差。

 31日の伊丹空港入り。淀橋界隈の宿泊で、夕方は大阪城に。
 聖子ちゃんのコンサートを待ちわびる長蛇の列を尻目に、夕食の席探しに苦心。

 1日は京都めぐりとUSJめぐりにわかれて、時間をすごす。

 本願寺、...[続きを読む]
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天竜寺ー野宮神社ー大河内山荘ー二尊院 嵯峨野の景観200813
 竹林の道(ちくりんのみち)
 「大河内山荘から野宮神社の間を約200メートルにわたって続く風情のある小道」。確かにそのとおり。
 「京都嵐山の代表的な観光名所のひとつ」「(天竜寺)北門から出て、野宮神社や大河内山荘に向かって竹林の道を歩かれるのがお勧め」

 【所在地】はと申すと「京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町」。なるほどね。天竜寺ー野宮神社ー大河内山荘、そして二尊院、念仏寺と回遊ルー...[続きを読む]
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地域に物語 創作・路線バス活用・健康の三要素
 地域のパワースポット訪問の10日間。

 地域に付加価値を発見&地域創造の10日間。

 汗して獲得した資金、域内の循環に活用の10日間。

 気がつけば日常の隅々まで、管理の及ぶ<窮屈社会>。ネット、携帯電話に追い回されることなく「自ら、時間を活かす主人公」に。
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シック、静寂、枯淡 慈照寺銀閣100402
シック、静寂、枯淡 慈照寺銀閣100402.1966年2月に訪問したときの印象。

白砂、青松、渋い農茶。2010年04月02日のたたずまい。建物に目線の22歳、庭に視線の66歳。

教科書の挿入図にピタリ、学生時代の最後。教員生活のホームストレッチは、白砂の築山に目をみはる。

今回は東求堂も公開されており、入室。将軍義政像に敬意を表し、京都・東山の杜を障子の開口部に眺めて、掛...[続きを読む]
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「荒廃していた沿線の美化」 嵯峨野トロッコ鉄道100402
嵐山電車と嵯峨野トロッコ鉄道は別会社にして、別路線。

写真は「嵯峨野トロッコ鉄道」の「嵯峨駅」。
嵐山電車の「嵐山駅」とは近接の距離に。「仲をとりもつ<渡月橋>」ということに。

嵯峨野トロッコ鉄道で天竜寺まで行こうと。案内嬢が「みなさん、お歩きになります」。

開設に涙ぐましい努力。その跡を会社の「開業物語」で二題。
「嵯峨野観光鉄道は、JR山陰線の複線化によって...[続きを読む]
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<天下人たるの“権威を示す”城> 京都・二条城170107nhkBSP
<天下人たるの“権威を示す”城> 京都・二条城170107nhkBSP

正面入り口は東大手門。

 目の前の壁が針路をさえぎり、左折して右折。ようやく唐門の前に。

 二の丸御殿があって、来城を待ち受ける。障壁画、回廊、庭園。「大名を圧倒、虎の迫力」。そうしたことではないだろうか。

二の丸御殿大広間。現在となっては「大政奉還」の意を伝達した、大広間に感慨。時の将軍の...[続きを読む]
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「思惟の疎水」「爛漫の嵐山」 形容されて然るべし京の桜100403
「思惟の疎水」「爛漫の嵐山」 形容されて然るべし京の桜100403.

2010年の4月1日は金曜日に伊谷空港へ。2日土曜日で3日は日曜日。それは当たり前のことであるも。

「還暦記念に集まる!!」「京の桜を見ずして、北海道の桜を語るな」。そうした触れ込みであったと、記憶。

京都在住、高校時代の同級生のお誘いがあって、夫婦二人で上京する計画をつくりました、です。

母が逝っ...[続きを読む]
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屈斜路カルデラの中核 川湯硫黄山180923.
屈斜路カルデラの中核 川湯硫黄山180923.

川湯・硫黄山の愉しみ方。それは<青葉トンネル>の散策でしょうか。

旧釧路鐵道跡の軌道が残されている。
噴煙をあげる硫黄原鉱石を運ぶため、標茶~川湯硫黄山まで49キロかの鉄道が建設された。
工事期間わずかに半年。可能であったのは集治館徒刑衆を大動員したから。

「裸の山」。
 アイヌ語でそうした意味をもつ山肌に、緑樹がみられる...[続きを読む]
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屈斜路カルデラの展望地 摩周湖第三展望台180923
 屈斜路カルデラの展望地 摩周湖第三展望台180923

 色鮮やかな」緑、山稜に噴き出す白煙、屈斜路湖の碧。日本最大、屈斜路カルデラを東部の丘陵から展望できる。

 西の藻琴山に並列する東の摩周湖第三展望台。摩周湖湖面を見下ろすと、こちらは静寂。カルデラを一望すると、川湯アトサヌプリの躍動に感動の好ポジションでは。

 安政5年、おそらく松浦武四郎はこの地を通過したのか、しなかったのか。
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宿のポリシーと口コミ この時勢にこの宿の選択200330
宿のポリシーと口コミ この時勢にこの宿の選択200330.

で、足は今回はマイカー。
駐車場に到着すると、合宿か研修会かを暗示させてくれる団体送迎用のバスが駐車していて。
常連さんは「ありがたい」。

正面玄関にアルコールの消毒液があって、神妙に消毒。
マスクのヒモを交差させて、皮膚に密着。カウンターでの案内では「サウナを利用いただけませんので」。
宿は「支障なし」の見解でも、客人のなかに...[続きを読む]
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宿のポリシーと口コミ この時勢にこの宿の選択200329
宿のポリシーと口コミ この時勢にこの宿の選択200329.

2月20日過ぎから、暫く考え続けていた、ですよ。世の中、騒然。自粛、緊縮の時勢に。

 二つあるのだと、考えた。
 一は宿のポリシー。陛下が行在所に選んだ実績、今も政府登録国際観光旅館の提示。
 二は近隣居住者の口コミ。「歩いてるのはみな、ムラ人ばかり」「日帰り入浴で利用する温泉」「ぜひ、行ってやって」。

 ネットで...[続きを読む]
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181220 大宰府政庁跡 見学者は10人ほど
181220 大宰府政庁跡 見学者は10人ほど。13時10分ー14時15分。

1.官服の色制 1)帥(そつ) 2)史生までの官服の色制

2.西暦730年 大伴旅人以下、官人梅見の宴

3.遺構保存公開

歩数 10月19日5500歩 20日11002歩 21日+22日19107歩

新幹線みずほ06号にあった案内「北陸カニ食べるツアー」

広島発9時14分 鹿児島中央駅行
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夜景 幣舞橋界わい190928
 夜景 幣舞橋界わい190928.
 キャッスルホテル、日銀旧支店、幣舞橋、Mooのライトアップ群。

 薄暮から夕映え、そしてライトアップ、夜景。
 幣舞橋界わいが楽しめる幾層かに細分される天然と自然の色模様。
 茜色、緑色、紫雲、青、黄、橙、暗黒、星。

 橋に「道東の四季」像、河口に夕映え、建造物にライトアップ。

 橋の袂から遊覧船。
 港の外に夕焼けをつかまえに、出航。橋にシン...[続きを読む]
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新しい掲示物が一点。「北海道遺産 史跡国泰寺跡」
 新しい掲示物が一点。「北海道遺産 史跡国泰寺跡」。

 2019年に指定があった。指定を記念してその一翼に表示が設けられて。

 写真の右手は現役の高等学校で、江戸時代は先んじて「アッケシ会所」が設置されていた。

 会所と寺院をむすぶ通路は、背後の公園地のなかにあって、寺院が湊、自然の泊まりに面していたシンボルでもある。

 被災、異時、異事、異変があると、そればかりか新年慶賀など非...[続きを読む]
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白湯川 阿寒湖畔西部を阿寒湖に流入する河川
白湯川 阿寒湖畔西部を阿寒湖に流入する河川。アイヌ民族コタンの取り付け道路を横切る。

 阿寒湖の南西、白湯山=標高916メートル。その南東白湯山ポッケ群の590メートル付近に源流部。

 ただ流域の景観は好ましい状態にはない。著名なホテル付近を通過するも、ある意味荒れ放題。

 そこは「行政」だ「温泉街」だ、いや住民だ。線引きの難しいところ。ともかく不潔。

 表の通りに面した...[続きを読む]
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やはり異常です 結氷不足で「氷下漁業」実施できす200102.
やはり異常です 結氷不足で「氷下漁業」実施できす200102.

氷の開表面にあつまるワカサギを釣り上げる「氷下漁業」。愉しみにていた乙女たちに、残念な知らせ。

「1月4日からです」。ネットで公開、そのように広報されていた、と。

​​ 湖面に一棟の小屋。これでは営業できず、沈黙の新年。
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森のこみち 阿寒湖200102.
 森のこみち 阿寒湖200102.
 阿寒湖畔の泥火山域<ポッケ>から、稲荷神社もしくは国立公園駐車場の丘陵地を行く散策路。

 181230に泥火山域をあるくも気がつかなかった。木製階段が施され、かれこれ20メートル登攀して海抜440メートル付近。

 振り返ると阿寒湖に<ひとすじの氷の亀裂>。御神渡りではとなって、一枚を撮影。

 散策路には道路標識、植物の解説も施されて屋根のない博...[続きを読む]
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阿寒富士 まりも国道から
阿寒富士 まりも国道から。晴天にめぐまれ道の正面に鎮座する箇所がある。
 
 最初にきがついたのは1968年、美幌へのドライブに同乗させてもらった時。

 その雄大な姿に、目をみはった記憶。もちろん今も、車中から一枚。

 思うように撮影できる機会はすくないが、どうやら気にいり満足のできる一枚。

 ところで、ところで。阿寒富士の西にみえる山岳。その名はいかに。

 自宅から北の空を...[続きを読む]
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西国・広島へ130313
 西国・広島へ 110313。JAL便であった。震災の翌日の出発予定が一日、遅延となった。

 予定していた便の座席が確保できず、6人の旅は5対1の旅に。

 自宅~羽田便は各席確保も、羽田~広島が一席不足。かくて一人旅になった。

 窓側の席。よく晴れた日で、窓の外には富士が健在。勇姿をほこり、復興の応援に存在感。そうした思いでみつめていた記憶。
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宇治茶に「宇治茶銘菓」 福寿園191105
「宇治茶銘菓」。そうした領域があるらしいですねー。首都圏在住のお方が京の都に旅をされ、銘茶とあわせ<お茶うけ>も送っていただきました。

福寿園さんの「玉露」「」にくわえて「宇治のこみどり」も添えていただきまして。
生地にたっぷりの抹茶、大好きな小豆晒し餡の逸品です。舌のさわりに抹茶の風味、かみしめるに北の大地の豆の味、甘みは讃岐あたりの糖味でしょうかねー。

ネットにはさまざまな高い評価が...[続きを読む]
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